戦後、目覚ましく発展した“奇跡の1マイル”の入り口。土産品店「おきなわ屋」などが入居していた那覇市国際通りの角に立つビルが、老朽化のため14日夜、本格的な取り壊し工事に入った。周辺建物の“古参”として約60年にわたり街の移り変わりを見てきたビルは、来年1月、新たに生まれ変わる。(デジタル部・與那覇里子)

取り壊しが決まったビル(中央)。みやげ品店「おきなわ屋」の赤い看板が目を引く=14日、那覇市松尾

 ビルを管理する昌企画の安次嶺昌見代表によると、ビルは1955年4月に完成。当時は瓦ぶきの2階建てで、戦前は祖母がそば屋を営んでいた場所だという。旧満州(中国東北部)に徴兵され、戦後沖縄に戻った安次嶺代表の父必昌さんが、琉球政府や警察本部など行政の集積地だった同場所に目を付け、「ここは絶対に発展する」と建設に至った。

 ビルは3階建て、45坪。入居していた県内旅行代理店の草分け「沖縄旅行社」が2003年に倒産後は、13年間「おきなわ屋」が営業を続け、赤い背景に白文字の「おきなわ屋」の看板は国際通りのシンボルの一つとして定着した。おきなわ屋の専務取締役仲里紀子さんは「沖縄の象徴といえる国際通り。そのスタート地点で沖縄の人が店を営業することは意義があると、必死に入居をお願いした」と振り返る。

 沖縄市の小さな土産店からスタートしたおきなわ屋は、98年に那覇に進出。競争が激しい通りで「客引きをしない」「オリジナル商品を扱う」ことを武器に人気を集めた。

 安次嶺代表は「沖縄経済の発展のため、入居は沖縄の企業と決めている」と語る。背景には、外資企業の土地取得や県外企業の進出が活発なことにある。土地の買収や入居を求め、県内外の企業が訪れるが「父が築いた財産。守っていく」と断っている。

 新ビルは5階建て。1階は「おきなわ屋」、2・3階に「A&W沖縄」、4・5階は事務所が入り、大型ビジョンも設置される。これまで名前のなかったビルは、父の名前から「昌(しょう)ビル」と名付けた。「戦後、沖縄の復興を支えた場所。これからもこの場所は沖縄の人で頑張っていきたい」