鳩山由紀夫元首相は、普天間基地の県外移設を検討する際、外務省から、ある文書を示されたと主張している。その文書は、代替施設は沖縄本島の訓練地から65カイリ(120キロメートル)以内の場所に設置するとの基準を米国が提示していることを示すものだった。この文書が、県外移設を断念する重要な根拠となったとされる。このことは、本紙でも何度か報道された。

木村草太氏

 鳩山氏の言う文書は本当に存在するのだろうか。原口一博衆院議員は、2月26日の衆議院予算委員会分科会で、この点を政府に問うた。

 中谷防衛大臣や外務省の政府委員は、文書の存在を確認できなかった、と回答している。この回答は、「外交・防衛上の考慮から、文書を開示できない」とか、「文書の存否自体をお答えできない」というのではない。「探したがなかった」というものだ。このやりとりは、政府の文書管理が、深刻な状況にあることを示している。

 日本国憲法が議院内閣制を採用する目的の一つは、政府を総理する首相を国会が指名することで、行政を民主的に統制することにある。もし、内閣総理大臣に対し外務省や防衛省が虚偽の文書を提示し、その意思決定をゆがめたのだとしたら、憲法の理念に反する重大な事態だ。あるいは、文書は本当に存在したが、なくしてしまったというのであれば、あまりにも文書管理がずさんである。

 もちろん、鳩山氏側のうそあるいは勘違いの可能性もなくはない。しかし、鳩山氏や原口氏は、かなり具体的に文書の作成時期や内容を指摘していた。他方、政府答弁は、現在そうした文書が見つからないと言うだけで、そう判断した具体的な理由は分からない。

 本来であれば、政府は、今回のような事態に備えて、どのような文書がいつ誰によって作成されたのかを記録し、原本のコピーを保管するシステムを整えておくべきだ。仮に、鳩山氏の話が全てうそだったとしても、政府の文書管理体制は不十分である。

 特定秘密保護法が制定されるとき、多くの市民が政府による情報の隠蔽(いんぺい)を懸念した。それを受け、特定秘密保護法には秘密指定を適正に行うための手続きがある程度整えられた。また、現在の日本では、情報公開法が整備され、市民は、政府保有情報の公開を請求できる。

 しかし、現在の日本は、文書をなくしたり、故意に燃やしたりしても、その責任を追及できない。あるいは、元首相が、ないはずの文書をあると主張しても、適切な説明ができない。文書管理体制が整備されていないからだ。

 そうした体制の下では、本当に隠したい情報は、秘密指定の手続きすら経ずに隠され、物理的に破棄される。したがって、秘密指定の手続きを厳格にしても無意味だし、情報公開を求めても「文書不存在」と回答されるだけだ。

 報道を見ていると、秘密指定や情報の不開示決定に対する批判には注目が集まる。しかし、その前提となる、適正な文書管理システムの不備を指摘するものは少ない。情報公開や国家機密保護などの制度を適正に運用するには、公文書管理システムの構築が急務だ。(首都大学東京教授、憲法学者)