地下鉄サリン事件などオウム真理教による一連の事件で、元代表の麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚ら7人の死刑が執行された。

 日本中を震撼(しんかん)させた事件は一つの区切りを迎えることになったが、首謀者の口からついに詳細は語られず、釈然としないものが澱(おり)のように残った。

 教団事件は全部で13。1989年の坂本堤弁護士一家殺害事件、94年の松本サリン事件、95年の地下鉄サリン事件などの犠牲者は29人に上り、被害者は6500人以上に及んだ。

 審理期間や被告数なども前例のない規模で、20年以上続いた裁判では約190人が起訴され、13人に死刑が言い渡された。今回刑が執行されたのは、そのうちの7人だ。

 オウム真理教が誕生したのは、日本がバブル景気に沸いた80年代後半。10年余りで信者1万人超の教団をつくり上げた教祖は、自らを「最終解脱者」と主張し、「人類救済」の教義を説いた。

 松本死刑囚の指示と共謀を全事件で認定した2004年の東京地裁判決は「救済の名の下に日本支配を考えた動機は、あまりにも浅ましく愚かしい限りで、極限の非難に値する」と指弾した。

 救済のためならば殺人も許されるという教義には戦慄(せんりつ)を覚えるが、松本死刑囚は一審途中から沈黙し、事件の核心を語ることも、遺族らに謝罪の言葉を口にすることもなかった。

 教団が暴走した経緯は依然として未解明の部分が多い。

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 貧困や病気からの救済などが中心の宗教と違って、オウム真理教の信者には高学歴の若者が多く、そのことも社会に大きな衝撃を与えた。

 ヨガ修行のために入信した青年が次第に心を支配され、凶行に走ったのはなぜか。

 裁判では信者から「教祖を信じた」「指示を伝えただけだ」などの証言が繰り返された。

 教祖の言葉が絶対的なものとなっていく中、上からの指示に疑問を持たなくなったというのだが、納得のいく説明ではない。

 地下鉄サリン事件で現場となった駅の助役だった夫を亡くした高橋シズヱさんは、松本死刑囚以外の6人について「今後のテロ対策という意味で、彼らには話してほしかった」と語っている。

 現実社会に息苦しさを感じ、生きる意味を求めてオウムにのめり込んでいた彼らの心の内にも、もっと迫る必要があった。

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 教団は現在、松本死刑囚への帰依を鮮明にする「アレフ」など3団体に分かれ活動を続けている。

 社会の厳しい目とは裏腹に救いを求める若者が後を絶たないのだ。

 教団への強制捜査から23年。事件に巻き込まれた被害者の中には今なお重い後遺症に苦しむ人がいる。遺族への賠償も進んでいない。

 犯罪史上類を見ない凄惨(せいさん)な事件を風化させず、再発を防ぐためにも、裁判記録や取り調べ資料をすべて公開し、教訓を語り継いでいく必要がある。