熊本地震の発生から4日がたった。今なお続く余震。終わりの見えない避難生活で被災者の疲労はピークに達する。被災した沖縄県人たちの姿を追い、思いを伝える。

住民らの体調を気遣い、優しい言葉をかける許田重治さん(左)=18日午後3時半ごろ、熊本市中央区帯山

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 熊本沖縄県人会事務局長の許田(もとだ)重治さん(72)=熊本市中央区帯山=は、自らも被災者でありながら身を粉にして地域住民の安全確認に力を注ぐ。地元「帯山5町内」のパトロール隊として、地域の独居老人宅を回り、休みなく避難所の住民らに目を配る毎日。「災害時は地域のつながりが安心感につながる」と意義を語る。18日午後、許田さんらパトロール隊の地域巡回に同行した。

 「地震大変だったね。体調は変わりない?」。巡回中、許田さんの優しい声かけに、緊張が続く住民の表情が和らぐ。許田さんは熊本市内で中学の体育教師を38年勤め上げた。いまでも地域から「先生」の愛称で慕われている。築51年の老夫婦宅を訪問すると、玄関口の龍口栄子さん(85)が「先生、いつも心強いです」と感謝する。龍口さんが「地震で食器は全部割れてしまった」と被害を伝えると、「けがをせんかったから良い。茶わんは新しいのを買えばよか」と笑って返す。許田さんは「日ごろの積み重ねが、災害などのいざというとき安心感につながる」と地域への思いは強い。

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 自身の被災体験について許田さんは「細かいことは覚えていない。それだけパニックしていたと思う」と話す。16日未明に中央区を襲った震度6強の大揺れは、“本震”とされた14日夜の激震を上回った。「まさか2回目にあんなに大きな地震が来るとは思いもしなかった」が本音だ。棚から物が落下し、焼酎瓶が割れて酒のにおいが部屋に充満した。幸い家屋の倒壊や家族にけがはなかった。「玄関に置いた石敢当のおかげかな」とほっとした表情をみせる。それでも「益城町などの状況を見ると心が痛い」。テレビや新聞を通して見る隣町の惨状に「町並みは一変した。復興にどれだけかかるのか」と案じた。(山城響)