2013年12月に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録された。筆者はこの時、政府の「日本食文化の世界無形遺産登録に向けた検討会」の委員の一人として、ユネスコの無形文化保護条約制度の調査や、申請内容を検討するための作業に携わった。結果的には所期の目的を果たし、安堵(あんど)したものであったが、その一方で内心は「次は琉球料理だな」と思ったのであった。

 それは何故(なぜ)かというと、本来琉球料理はいわゆる「和食」とは全く別の歴史性や地域性を持った食の文化であって、「和食」の中に一括して含めてしまうのには無理があるからである。同じ日本の中の沖縄であるけれども、「和食」が世界無形遺産に登録されたといって、琉球の食は全く別のものであり、独立した文化遺産である。従って「和食」の中に一緒くたに含められ、世界無形遺産の一部だと海外から誤解されるのは、とても危険なことである。

 そもそも、ユネスコが無形遺産を設置した目的のひとつは、その文化の保護が大きな事由であって、そこにすばらしい文化、景観、歴史などがあった場合、それが次第に忘れられたり、形を失ったり、ゆがめられたりするのを防いで、そのままの形で後世にまで持続させようとするものなのである。

 つまり、「和食」が登録された背景には、日本民族がつくり上げてきたすばらしい食文化が、今日ではどんどん洋風化されてきて、このままでは将来消滅しかねないという危機感がある。富士山が登録されたのも、周辺の自然環境が開発などにより変化し、また観光客の急増によって汚染の状況が進んできたことを考慮し、富士山の景観を保護することが背景にあった。

 「保護」というユネスコの世界無形遺産登録設立の意義を考えれば、琉球の食文化も当然それにふさわしいものとなってくる。すなわち、「琉球料理」にはこの地方に伝わる長い歴史とそれにまつわる独自の創造派生があり、そこで培われてきた社会性(冠婚葬祭などでの料理)、材料、調理方法、味覚と視覚の特有性、食器、健康と長寿の誘因などには、琉球にしか発生しえなかった固有性を持っているからなのである。

 こうした独自の文化によって構築されてきた「琉球料理」が、第2次大戦直後の米国統治をきっかけに、食態は大きく変化し、日本復帰後もその影響は続いてきて、その上、日本人全体が生活様式の洋風化へと進み、「和食」も「琉球料理」も日増しに衰退してきた。そして日本人の国民医療費(2016年)は42兆円となり、これは国家予算97・5兆円の実に43%を占めている。高齢者が増加してきた社会情勢と、食生活の急激な変化に伴う生活習慣病の激増が背景にあるとされている。

 沖縄県は、全国47都道府県別の平均寿命ランキングで常に首位または上位グループに位置していたが、ここ数年の間に急激にランクを落とし、女性は7位、男性は36位(2015年)にまで後退しているのである。

 かつて琉球の人たちの力となった琉球料理を、今こそ県民一体となってユネスコ無形文化保護条約制度に申請し、登録までこぎつけて、次の世代にこの伝統食文化を伝えていくのは、私たち現代に生きるものの使命ではないだろうか。次回からは琉球料理の神髄を述べ、世界にアピールしていくものとしたい。(東京農業大学名誉教授)