今から60年以上前。勝連城跡のふもとにある南風原集落では神屋に祝女(ノロ)や神人(カミンチュ)らが与勝地区全域から集まったという。白い衣装に身を包み、つるを編んだ輪を頭に載せ、勾玉(まがたま)の首飾りを下げていた

▼稲や麦などの豊作を祈願するウマチーのかつての一場面である。祝女の祖母と同居していた島袋常雄さん(73)は「祝女殿内(ヌンドゥンチ)」門中の一員として幼いときに見聞きした厳かな光景を鮮明に覚えている

▼ウマチーは旧暦2・3・5・6月の各15日に年4回行われる。収穫が人々の生活に組み込まれていたころは大きな年中行事だったが、都市化や生活の変化によって様変わりしている

▼きのう旧暦6月15日は「六月ウマチー」。本来なら収穫期となる稲作は南風原集落では半世紀前になくなった。祝女は不在となり儀式の規模は以前に及ばないものの、ことしも無事に執り行われた

▼島袋さんと門中の代表、区長ら9人で拝所など5カ所を巡って神酒を供えた。字の繁栄や住民の健康を祈るグイス(祝詞)を代表者が唱え、滞りなく終わると、島袋さんは「ことしもしっかりお祈りができて気持ちが楽になった」と安心した

▼生活様式が変わっても伝統行事を続けることは祖先への感謝の気持ちからだと言う。関係者の気概と努力によってつなぎとめられている行事がここにもあると知った。(溝井洋輔)