【ウトゥ・カカジ通信員】「戦後の遺産 日本の戦争花嫁」シンポジウムが6月30日、米ロサンゼルスの全米日系人博物館で開かれた。全米から10人のパネリストが加わり、主催者代表のダンカン・リュウケン・ウィリアム氏(南カリフォルニア大学宗教学部長)のあいさつの後、4セッションが行われ、米軍人と結婚して戦後渡米した女性たちの歴史を伝えていくことの意義や課題を話し合った。100人ほどが聞き入った。

シンポジウムで講演する悦子・クリッシーさん(左から2人目)

 シンポの提起人フレドリック・カキナミ・クロイド氏(「水子の夢」著者)をはじめ、企画委員会メンバーやパネリストは、ほぼ全員が戦争花嫁の子どもや孫の当事者だ。クロイド氏は「戦争花嫁に関する本や映画はいくらか存在するものの、これらの歴史や遺産に踏み入って取り組む活動がほとんどなかった」ときっかけを紹介。「誰も歴史に関心がないとか、『その後幸せに暮らしました』という成功話で終わるのではなく、社会課題に向き合いたい気持ちで動き始めた」と話した。

 第1セッション「占領・移民 米軍の存在と、女性と子どもたち」で、フリーライターの悦子・クリッシー氏(那覇市出身、米在住)はまず沖縄の戦後史を説明。米軍による強制的な土地接収や、農地を奪われた住民の多くが基地労働に移行せざるを得なかったこと。基地経済の裏には、女性暴行や地位協定の問題、両親の国籍が違い父親、時には母親も不在の子の問題があったことを語った。後半は米国での取材に基づき「米兵との婚姻は不幸せになる人が多いという通念があったが、幸せな婚姻生活を送っている人たちも数多くいる」とした。

 また、日本の国際結婚の大半が日本人男性と外国人女性であるのに対し、沖縄では米国人と結婚する地元女性が圧倒的であることも示し、いくつかの事例を挙げ「国際結婚は2国間の制度に阻まれ、大きな困難を伴うことも多い」と強調した。

 小碇美玲氏(ハワイ大学女性学科教授)は、占領下沖縄における「軍事」と「家事」の関連性をさまざまな事例を活用しながら指摘し、戦争花嫁を取り巻く当時の文化・歴史・政治的背景を考察した。米軍経由のポーク缶やパラシュートをリサイクルした花嫁衣装、軍用毛布をもとに作られた子どものコートなど「その一つ一つが当時の島民の日常生活の『軍事化』と、軍事の『日常化』の過程を如実に物語っている」との見解を示した。

 占領下盛んだった琉米女性間の昼食会、料理講座、ファッションショーといった文化交流も一見、国家・人種間の垣根を取り払う「多文化主義」や「国際主義」の一例と思われがちだが、実は冷戦期反共文化政策の一環として位置付けられた国策であった、と話した。

 午後の部門では、互いに日本人の母と黒人の父を持つクロイド氏とカーティス・タケダ・ルックス氏(ロイオラ・メリーマント大学教授)が、日米両国それぞれにある社会的地位の差や、人種問題と軍隊における階級社会の複雑な絡み合いに触れ、これらの空間を行き来する複数のアイデンティティーを持つ人を理解しない社会の現状を語った。

 最後は記録映画「戦争花嫁に声をあたえる」を上映。製作者のミキ・クロフォード氏とキャサリン・トルバート氏(映画「七転び八起き-米国へ渡った戦争花嫁物語」ディレクター)とともに、語れなかった母親たちの声を伝えていくことの難しさや課題を観衆を交え話し合った。