生まれも育ちも読谷村。米軍基地に違和感はなかった。銃を手にした米兵を横目にフェンス沿いを歩いて中学校に通い、基地のある風景が当たり前だった。 高校卒業から約40年の間、バスガイドの現場に立つ中で沖縄戦の歴史を学ぶようになり、戦争につながる基地や軍隊の存在に恐怖を感じるようになった。