翁長雄志知事が8日午後6時43分、膵臓(すいぞう)がんのため、浦添市の浦添総合病院で亡くなった。67歳だった。4月25日に膵臓がんの手術を受け、5月15日に公務復帰し、治療を続けていた。7月30日に再入院し、がんが肝臓に転移し、肝臓や腎臓の機能が低下したことで、7日から意識混濁の状態だった。現職の沖縄県知事が任期中に亡くなるのは初めて。名護市辺野古の新基地建設問題や知事選に影響が出るのは必至だ。

身ぶりを交えながら、埋め立て承認の撤回の理由を説明する翁長雄志知事=7月27日午前11時7分、県庁

 告別式は未定で、9日に家族と葬儀業者で調整するという。那覇市出身。

 謝花喜一郎副知事が8~12日まで、富川盛武副知事が13日から職務代理者に就く。富川副知事や新里米吉議長が南米出張から帰任後、県民葬を開くか、どうかなどを決めるという。

 翁長知事は辺野古新基地建設阻止に向け、埋め立て承認撤回の意向を7月27日に表明して以来、公の場に姿を見せていなかった。

 県によると7月30日から入院。謝花副知事らが今月4日に一般の個室で面会した際、知事は椅子に座り、しっかりとした口調で、がんの転移を告げ「抗がん剤治療などで意志決定できない状況になったら、速やかに職務代理者を置き、県政運営に万全を期してほしい」と指示したという。

 6日には、埋め立て承認撤回に関する聴聞期日の延期を認めないという沖縄防衛局への文書を病室で自ら決裁した。その後、7日になって徐々に意思疎通ができなくなった。

 翁長氏は1950年10月2日生まれ。那覇市議2期、県議2期。2000年に那覇市長に初当選し、14年10月まで4期14年務めた。その後、14年11月の知事選で、辺野古新基地建設反対を掲げ、現職だった仲井真弘多氏に約10万票の大差を付けて、当選した。

 新基地建設阻止を県政運営の柱に掲げ、15年10月には前知事の埋め立て承認を取り消し。16年12月の最高裁で県敗訴が確定した後、今年7月に埋め立て承認の撤回を表明し、手続きを進めていた。米国やスイスの国連人権理事会にも足を運び、沖縄の基地負担の現状を訴えていた。

 しまくとぅばの普及にも精力的に取り組んだ。父親は沖縄戦の戦没者を慰霊する魂魄の塔を建立した元真和志村長の助静氏。