沖縄県は10日午前10時、沖縄県庁1階県民ホールに、膵臓(すいぞう)がんで8日に亡くなった翁長雄志知事を追悼する記帳所を設置した。17日まで。開庁日の午前10時から午後4時まで住所と名前を記帳できる。県が遺族に届ける。

翁長雄志知事を追悼し、記帳後に手を合わせる女性(左)=10日午前、県庁

翁長雄志知事を追悼し、記帳後に手を合わせる女性(左)=10日午前、県庁

 13日の告別式に参加できないため、記帳にいち早く訪れた那覇市首里石嶺町の塾講師、中村啓子さん(75)は、大道小、真和志中、那覇高と翁長知事の七つ先輩で、父の助静さんや兄の助裕さんとも親交があったという。

 イデオロギーよりアイデンティティー、誇りある豊かさ、といった知事の言葉が大好きで「薩摩の侵略から続くヤマトへの思いを代弁してくれた。ウシェーテナイビランドーという知事の気持ちはまさに県民の気持ちだ」と話した。

 名護市辺野古の新基地問題など、米軍基地問題での心労が多かったことを気遣い、「一生懸命頑張り、政府と闘ったことで、健康を損ねたとすると残念で悔しい」と肩を落とした。

 那覇市小禄の平良幸男さん(68)は「沖縄の歴史をすごく勉強し、誰かの受け売りではなく沖縄の思いを自分の言葉で伝えていた」と別れを惜しみ、「置かれている現状に我慢するのではなく、どう変えることができるか。知事の遺志を受け継ぎ、自分も考え、行動したい」と前を向いた。