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  • 沖縄サミット開催が99年4月29日に決定し、5月3日に日米首脳が会談
  • その直前、「普天間」解決を日本に迫るよう米国務省が大統領に進言
  • サミットを政治利用しようとする狡猾な外交手法が浮かび上がる

 米国務省が1999年5月の日米首脳会談で、翌2000年のサミット開催地が沖縄に決まったことを利用し、米軍普天間飛行場移設問題の解決を日本側に迫るよう、クリントン米大統領に進言していたことが分かった。首脳会談に向け国務省が大統領に宛てたメモで、サミットは普天間問題を前進させる機会だとし、「今後数カ月が重要だと小渕(恵三)氏へ明示し、解決へ向け個人的関与を促すべきだ」としている。

首脳会談に向け米国務省が作成し、山本章子氏が入手したメモ

 沖縄国際大非常勤講師の山本章子氏が米国の安全保障関係文書を保存した米ジョージ・ワシントン大学の「デジタル・セキュリティー・アーカイブ」から入手した。

 沖縄サミットは99年4月29日に開催が決定、小渕首相とクリントン大統領の会談はその4日後の5月3日にワシントンで開かれた。サミット開催を政治利用しようとする米国の狡猾(こうかつ)な外交手法が浮かび上がる。

 首脳会談を経て、日本政府は県側へ辺野古移設案の受け入れを迫り、同年11月に稲嶺恵一知事、12月に岸本建男名護市長が条件付きで受け入れを表明した。

 メモは、小渕首相がサミット開催地に沖縄を選んだことに関し、日本国内、県民は好意的に受け止めていると指摘。「このサミットと(前年11月に誕生した)新しい知事(稲嶺氏)は普天間移設問題を前進させる機会」だとクリントン氏へ進言している。

 その上で、問題解決へ向けこの2、3カ月が重要だと強調し、小渕首相の普天間問題への個人的な関与を求めるべきだとしている。

 メモは国務省が会談に臨むクリントン大統領のために作成したもので、5月3日の会談直前につくられたとみられる。