ハンセン病の史実を伝える沖縄愛楽園の資料館「交流会館」に、2001年5月11日付の本紙夕刊が展示されている。15年前、私が熊本地裁前で書いた。今読むと当時の無知な自分を思い出し、いたたまれなくなる

 ▼ハンセン病訴訟で、熊本地裁が「終身強制隔離政策は違憲」と初めて国を断罪した日。愛楽園の女性は裁判所前にしゃがみ込み、号泣した。取材後、一緒に喜ぶ私に穏やかな口調で言った。「マスコミは今回、やっと私たちの味方になってくれましたね」

 ▼この言葉を機に、1950~60年代の本紙を調べた。「野放しのらい患者」「愛楽園から脱走しきり」「拘禁施設が急務」…。記事を見つけるたびに嫌悪し、吐き気すら催した

 ▼国の強制隔離政策を批判するどころか病気への恐怖心をあおり、人々の差別や偏見を助長する記事を発信していた。自分たちの足元を、まず見るべきだったと後悔した

 ▼判決から15年がたち、ハンセン病に関するさまざまな事実が明らかになっている。先日は最高裁が謝罪し、行政・立法・司法の三権が過去の過ちを認めた形になった

 ▼次はマスコミの番だと考える。一人一人の記者は過去の誤った記事と向き合い、「自分がその時代にいたらどうするだろう」と自問する。新たな差別を生む記事を書かないためには学び、自戒を深める以外にない。(磯野直)