きょうで復帰して44年。小学校の時の担任が、復帰したら沖縄と本土は一緒の日本なんですよ、という意味のことを話していたのを記憶している。これからは自由で平等なんだと

▼本土との行き来は自由になった。だが、約110キロの距離にある与那国島と台湾の間の海域は、それまで緩かった海上の取り締まりが、復帰してから徐々に厳しくなった-と当時を知る与那国の漁師川田一正さん(71)

▼復帰前は台湾の漁師と海上で漁具と日用品を物々交換。互いに相手の言葉を話せる先輩も多く、仲良く漁をしていた。復帰後は物々交換する船も次第に少なくなっていった

▼尖閣諸島の領有権問題が浮上し、政府は漁師たちの頭越しに台湾側に有利な日台漁業協定を結んだ。「昔は自由に漁に行けたけど、今はあっち(尖閣)は行くなと言われる。昔の方が平和だった」。生活レベルが向上し復帰してよかったという川田さんの思いは複雑だ

▼米軍基地は、復帰後も大半が沖縄に残ったままだ。他府県と比較しても狭い面積の県内に専用施設の74%が集中し、整理・縮小は進んでいない。本土移設を国が検討する動きもない

▼普天間飛行場移設でも、政府に本土移設は念頭になく、辺野古新基地建設問題で県との対立が続く。自由で平等に-いまだに担任の言葉通りにはなっていない。(玉寄興也)