「東洋のプチパリ ホーチミン満喫4日」。先日の本紙に旅行会社の広告が載っていた。ベトナム最大の経済都市で、かつて植民地支配していたフランス風の建築物で知られる。旧名はサイゴン

 ▼41年前までは米国が支援した分断国家、南ベトナムの首都だった。1975年4月30日、解放軍が突入し、ベトナム戦争が終わった。米軍による枯れ葉剤散布や無差別爆撃の加害行為に、復帰前の沖縄は出撃基地として加担させられていた

 ▼首都ハノイの軍事歴史博物館を訪れ、米軍機や戦車の展示を見たことがある。さびついた残骸。本は沖縄から来たのかもしれなかった。兵器でなく、観光客が海を渡る時代になって本当に良かった

 ▼沖縄では2001年の米同時テロ後、観光客が激減した。基地が攻撃される不安を打ち消せなかった。「観光は平和産業」。決まり文句の意味を、業界はあらためてかみ締めた

 ▼ホーチミン旅行の広告と同じ紙面には、北朝鮮軍高官が核兵器について「恒常的な発射待機状態にある」と語る記事が載った。そんな国で観光はできない。民主的な体制になり、「魅惑の平壌4日」ツアーの広告が載る日は来るだろうか

 ▼故忌野清志郎さんは「あこがれの北朝鮮」でこう歌った。「北朝鮮で遊ぼう」「いつかきっとみんな仲良くなれる」「そんな世界が来るさ」(阿部岳)