余震の怖さで眠れない、不安になる、いらいらと怒りが収まらない-。被災地の支援を重ねる精神科医の新垣元さんは診療でまず伝えることがある。その苦しみは決して特別ではない、普通のことなんだと

▼沖縄市にある新垣病院の理事長。東日本大震災10カ月後の2012年1月に福島県相馬市に開所された「メンタルクリニックなごみ」の初代院長を務めた。原発事故で病院閉鎖が相次いだ地区。患者の受け皿づくりに奔走する知り合いのケースワーカーの依頼を受け、沖縄と福島を毎週、1年間行き来した

▼元の生活に戻れない人の苦悩はさまざまだった。仮設住宅は狭い部屋と薄い壁にプライバシーが保障されていない。空の酒瓶が散乱しドアを開けることすら拒む人もいた。認知症の人は増えた

▼北海道を襲った震度7の地震は時がたつにつれ被害が広がっている。傾く家屋、広範囲の停電、多くの人は避難所生活を余儀なくされている。震源に近い厚真町では20人近い行方不明者の捜索が続く

▼「いつも通り『おやすみ』と言って、それっきりで本当につらい」。妹を亡くした高校3年の男性が涙声で語るニュースには言葉も出ない

▼各地で相次ぐ大規模災害。電力や交通機関など表面的な復旧が果たせたとしても、被災者の心の痛みはずっと続くことを忘れずにいたい。(溝井洋輔)