一体、いつまで続くの-。沖縄県庁で20日開かれた「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」などの会見には20人近い女性たちが集まった。戦後71年、抗議を重ねても重ねても繰り返される、米軍基地や軍隊があるがゆえの事件事故。女性たちは被害に遭った女性を自らに重ね、こみ上げる悲しみや怒り、むなしさにおえつを漏らした。

記者会見で「米軍基地がある限り事件は起きる。すべての基地を撤去すべきだ」と訴える女性たち=20日、県庁記者クラブ

 「被害者は私だったかもしれない。私もよく夜に歩いている」。シールズ琉球の玉城愛さん(21)は何度も声を詰まらせながら、言葉を絞り出した。午後8時にウオーキング中、被害に遭った女性と同世代。女性の住んでいたうるま市出身で、彼女の出身地の名護市にある名桜大学に通う学生だ。

 ウオーキングという当たり前の日常すら脅かされる現実。「沖縄で生まれ育ち、将来への夢が彼女にもあったと思う。恐怖と怒り、悲しみで言葉にならない」。充血した目でゆっくり言葉をつなぎ、同世代に向け「このまま黙って無関心でいいの」と訴え掛けた。

 「女たちの会」発足の契機は1995年の米兵暴行事件だった。「20年、何も変わっていない」。高里鈴代共同代表は、怒りを超えて、無念さをにじませる。2カ月前にも那覇市で米兵による暴行事件が起きたばかり。「表に出る被害者一人の背後に、同じ思いをした人が何人いることか」

 糸数慶子共同代表も「米軍の事件事故が起きると日米両政府は必ず『綱紀粛正』『再発防止』というが、パフォーマンスはいらない。日米地位協定の改定どころではない。全ての米軍基地の撤去だ」と言い切った。

 会見では女性たちの多くが「言葉が見つからない」と絶句しつつも、懸命に声を絞り出した。事件が発覚した19日は、午後7時から日付が変わるまで膝をつき合わせ、「沈黙せず声を発せよう」と決めたという。

 琉球大学の阿部小涼教授は「言葉がない。それでも、怒りにして伝える必要があると、私たちはここに集まった」と訴えた。