名護市為又の屋嘉ツルさん(93)の新婚生活はわずか1年だった。1943年に結婚した2歳年上の宗明さんは熊本の連隊に召集され、45年に25歳の若さで伊江島で戦死した。授かった一人娘を育て、孫6人、ひ孫12人に恵まれた。今はサトウキビ畑で汗を流す毎日だ。

サトウキビ畑で汗を流す屋嘉ツルさん=名護市為又

 屋嘉さんは今帰仁村呉我山出身。「呉我山では独身の女の人は伊江島へ強制的に徴用された。私は宗明と一緒になったので免れたよ」と笑顔で話す。為又の人たちは戦時中、「チョンチョングムイ(水源地)」に長屋のような避難小屋を作っていた。屋嘉さんは「那覇や小禄からの避難者らで埋まっていた」と振り返る。

 今は午前6時に起き、8時まで新聞を熟読。10時から2時間は自宅から約300メートル離れた畑でサトウキビの手入れに汗を流す。

 午後も3時から畑に。ニュースを見て9時には寝床に就く毎日だ。

 なぜかハブを見ることが多い屋嘉さん。「3年前、畑の草を取るため石を移動させたら2匹のハブがいて、2匹ともくわで切った。昨年は家のブロックの側からとってやっつけた」と武勇伝を語る。

 長女の添盛初子さんは現在73歳。「初子もよく頑張った。婿にも恵まれた。孫もひ孫にも恵まれた」と目を細める。

 孫やひ孫が来たときが一番楽しいと言い、「皆にはしっかりして、横道にそれるなよと言っている。『はい』と言っているから大丈夫でしょう」と頬が緩む。

 為又の山城輝雄区長は「おじいちゃんのキビ畑仕事はいるけど、おばあちゃんは多くないでしょう。ツルさんは歩くのが速く、背筋もピンとしてとても93歳には見えない。為又の誇りですよ」と話した。(玉城学通信員)