ロサンゼルスは車社会。ドライバーの数以上に自動車の数があるといわれる。そんなロサンゼルス近郊のトーランスで1988年以降、自動車修理工場「オートリペアタツ」を経営し、今年4月末をもって惜しまれながら引退したのが、牛島さん夫婦だ。

夫婦で経営してきた自動車修理工場「オートリペアタツ」で笑顔を見せる牛島夫婦=ロサンゼルス郊外トーランス

 妻のしげ子さんは玉城村生まれ。地元の中学卒業後に東京の高校に進学、77年に留学のためロサンゼルスに渡った。その後、アメリカで知り合った熊本県出身の辰則さんと結婚。辰則さんはそれまで勤務していたウエストロサンゼルスの自動車修理工場から離れたトーランスで起業した。

 「独立してビジネスが軌道に乗ったのは3年ほどたってから。その91年にロサンゼルス暴動が起きたが、子どもたちが日本語学校に通いやすいようにと職場の近くに一軒家を購入して引っ越していたので、火の手が上がった地域からは遠くて助かった」と辰則さんは述懐する。

 夫婦で経営していた修理工場があったのは、近くテキサスに移転する北米トヨタ本社からも、北米ホンダ本社からも近い場所で、以前は北米日産の本社も近くにあった。日本車がアメリカ車やヨーロッパ車以上に人気がある西海岸、しかも本社に近い絶好のロケーションで、日本車を中心に修理を扱う同工場は多くの顧客の愛車をみてきた。

 自動車整備士としてのモットーについて、辰則さんは「顧客の車は『他人の車』と思わないこと。自分の娘が乗る車だとの思いで丁寧に親身に修理する。その姿勢をずっと貫いてきた」と語る。妻しげ子さんも毎日出勤し、顧客の対応など、辰則さんを陰に日向に支え続けた。

 バケーションで何度も故郷に帰っているしげ子さんは「沖縄の海で採れた新鮮なモズクやアーサを食べるのが帰省した時の何よりの楽しみ」と笑顔。二人の娘も成長し、これからは夫婦でシニアライフを謳歌(おうか)する計画だ。まずはサンタモニカからシカゴまで伸びるルート66を自動車でドライブする旅に出るそうだ。