大音量のシュプレヒコールもなければ、高く突き上げるこぶしもない。参加者は黒や白の服に身を包み、プラカードを掲げて、フェンス沿いを無言で行進する。

 米軍属の男による女性遺体遺棄事件を受け、女性団体の呼び掛けで開かれた22日の集会は、これまでとまったく違っていた。沈黙の中に悲しみがあふれ、怒りがたぎる。

 北中城村石平のキャンプ瑞慶覧ゲート前で、参加者が手にしていたのは、亡くなった人の魂が宿るといわれるチョウの絵。わずか20歳で命を奪われた被害者の苦しみを思い、決して忘れないという気持ちを込め、15分置きに基地に向かってチョウをかざした。

 「命」と書かれたむしろ旗や「怒」の文字など、意思表示の言葉はそれぞれだが、目立ったのは「全基地撤去」を求めるプラカードだ。

 今回の事件で、1995年の少女暴行事件を思い返した人が多い。95年の事件の際は、55年の「由美子ちゃん事件」が語られた。

 21年前、あれだけ声を上げて「基地がもたらす人権侵害」を訴えたのに、ちょうどその年に生まれた女性の命を守ることができなかった。その怒りや無念さが、米軍の撤退を求める以外に解決策はない、との声に集約されてきている。

 約2千人(主催者発表)の無言の行進は、声を張り上げる以上に沖縄の強い意志を感じさせた。同時に基地問題で沈黙し続ける多くの日本人に「あなたたちはどうするつもりなのか」と問い返す行動でもあった。

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 「暴行する相手を探していた」「背後から頭を棒で殴り、襲った」。容疑者の供述が明らかになるにつれて浮かび上がってきたのは、事件の残虐性や凶悪性である。

 女性の遺体発見から3日たった22日、恩納村の現場には、朝早くから花を手向ける人、ペットボトルのお茶を供え手を合わせる人の姿があった。

 「私が被害者だったかもしれない」「娘や孫が被害に遭っていたかもしれない」。県民の間に、痛みを共有しようという思いが、日ごとに強くなっている。

 沖縄の基地維持を優先させる日米両政府に、女性への人権侵害に有効な対策が打ち出せるはずがないことは、これまでの歴史が語っている。

 女性の人権と県民の命を守る全県的な組織を早急に立ち上げ、不退転の決意で取り組まなければ、両政府を動かすことはできない。 

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 きょう23日、翁長雄志知事と安倍晋三首相が会談する。政治的駆け引きや「火消し」のための会談設定であればまったく意味がない。

 3月に那覇市内のホテルで女性暴行事件が起きた時、防衛省関係者から伝わってきたのは「最悪のタイミング」という言葉だった。サミットを前にした今回も「最悪のタイミング」という言葉が語られている。彼らにとって沖縄とはいったい何なのか。

 米兵による女性への性犯罪は重大な人権侵害であり、それは71年前の米軍上陸直後から始まり、今も続いている。