浦添市に住む琉球大学大学院生の平良美乃さん(23)は、祖母の話を聞くようになってから、沖縄戦が身近に感じられるようになった。

 祖母は沖縄戦で負傷兵の看護にあたった「瑞泉学徒隊」の一人で、3年前に亡くなった祖父は「鉄血勤皇隊」だった。

 沖縄戦では戦前の中等学校の生徒のうち2300人余が、男子は鉄血勤皇隊、女子は看護要員として動員され、その半数以上が亡くなった。

 「地獄の戦場」を生き抜いた二人が出会い、結婚し、戦後、生まれたのが平良さんの母親である。

 2年前の夏、祖母と一緒に祖母が体験した「戦場」を巡った。前年に祖父が他界し、「ばあちゃんの話、聞いておかなければ」との思いにかられたからだ。

 平良さんの祖母は、首里高等女学校に通っていた17歳の時、南風原のナゲーラ壕に配置された。米軍機がないのを見計らって水をくみ、負傷兵の体を拭き、艦砲でできた穴に遺体を投げ入れる。爆弾の破片で親友を失い、けがをした級友を置いて移動しなければならなかったことも。

 祖母の両親は、渡嘉敷島で「集団自決(強制集団死)」の犠牲になったという。当時、那覇にいた祖母が、その事実を知ったのは戦後のことだ。

 平良さんは祖母の「考えただけでもつらい」体験と向き合い、記憶を継承したいとの思いを強くした。

 祖父母や曾祖父母の戦争体験を聞くと、自分が今こうして生きていることの尊さを実感するのだという。

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 平良さんは、基地や平和の問題をわが身に引き寄せて考えることが多い。

 シールズ琉球のメンバーとして活動し、辺野古の新基地建設問題にも関心を持つ。春から通う大学院では社会言語学を専攻し、「うちなーぐち講座」にも参加する。

 戦争と基地とうちなーぐちが、若い人の中で一つにつながり始めているのである。

 19日、那覇市の奥武山公園で開かれた県民大会では、壇上にいた。元海兵隊員による女性暴行殺人事件に抗議する大会で若者の一人としてメッセージを発信した。

 同世代の女性の命が奪われた事件に強い衝撃を受け、考えがまとまらない中、大会で話したのは祖父母を含め祖先から受け継いだ言葉だった。

 うちなーぐちで「軍隊は私たちの命を守らない」と訴えた。

 先祖の苦難と、今回の事件が重なった。 

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 きょう沖縄は「慰霊の日」を迎える。

 2010年の国勢調査で県人口に占める71歳以上の割合は17%、戦争を明瞭に語ることができる80歳以上は10%を切っている。沖縄戦体験者が一人二人と減っていくたびに、かけがえのない経験が歴史のかなたに消えていく。

 戦後71年。戦争が終わって71年がたつというのに、果たして戦争は終わったと言い切れるのだろうか。

 戦争を生き抜いた人たちから受け取った命と記憶のバトンを、若い人たちがしっかり引き継ぎ、行動を起こし始めている。