米軍普天間飛行場の返還を米側と合意した故橋本龍太郎元首相の下で官房長官を務めた故梶山静六氏が1998年、本土での反対運動を懸念し、普天間の移設先は名護市辺野古以外ないと書簡に記していたことが分かった。国は「辺野古が唯一」の理由として地理的優位性などを挙げているが、実際は本土の反発を恐れて沖縄に押し付けるという国内の政治的な理由だったことが明るみに出た。

本土の反対運動を懸念し、名護市のキャンプ・シュワブ沖に代替施設を建設すべきとの考えがつづられた梶山静六氏の手紙

梶山静六 元官房長官

本土の反対運動を懸念し、名護市のキャンプ・シュワブ沖に代替施設を建設すべきとの考えがつづられた梶山静六氏の手紙 梶山静六 元官房長官

 書簡は、梶山氏から橋本氏の密使として国と沖縄を仲介した元国土庁事務次官の下河辺淳氏に当てた手紙。比嘉鉄也名護市長が住民投票の結果を覆して基地を受け入れ辞任、98年2月に岸本建男氏が当選した直後に書かれたとみられる。

 梶山氏は、キャンプ・シュワブ沖以外で移設候補地を探せば、「必ず本土の反対勢力が組織的に住民投票運動を起こすことが予想される」と本土の反発を懸念。「名護市に基地を求め続けるよりほかはないと思う」とつづり、辺野古以外の選択肢はないとの考えを記している。

 書簡を分析した沖縄国際大の前泊博盛教授は、辺野古でなければならない理由について、「地理的優位性ではなく、沖縄以外が受け入れてくれないからだということを梶山さんは分かっていたのだろう」と指摘。

 中谷元・防衛相や森本敏元防衛相が以前、政治的理由で沖縄以外への移転は困難だとの認識を示したことに触れ、「20年前から国は同じ認識で、それこそが国の本音だ」と述べた。

 書簡は、下河辺氏の資料などを管理する「下河辺アーカイブス」が保管していた。アーカイブスは22日、この書簡を含め下河辺氏の沖縄関連資料約165点を県公文書館へ寄贈した。

 公文書館はデータベース化を進め、早ければ来年5月にも一般公開する予定。