橋本龍太郎元首相の密使として政府と沖縄の仲介役を果たした元国土庁事務次官の下河辺淳氏(92)が1996~98年の口述記録で、米軍普天間飛行場の移設について、移設候補地の住民の反対で選定や工事が遅れた場合、「5~6年先には米海兵隊は沖縄にはいらなくなる可能性がある」などと在沖海兵隊の撤退に期待感を示していたことが分かった。国際情勢や米国内での海兵隊の役割が変化すれば「移転もへったくれもない」と指摘している。

1997年1月の下河辺淳氏の口述記録の一部。在沖海兵隊撤退への期待感がうかがえる

下河辺淳氏

1997年1月の下河辺淳氏の口述記録の一部。在沖海兵隊撤退への期待感がうかがえる 下河辺淳氏

 口述記録は、当時東京都立大学教授だった御厨貴氏らが「沖縄問題同時検証プロジェクト」として実施。政府側で「沖縄問題」の解決に取り組んでいた下河辺氏に対し、96年10月~98年3月までに計5回、話を聞き、まとめた。

 日米両政府は96年4月に普天間返還で合意した。橋本首相は同年9月の「沖縄問題についての内閣総理大臣談話」で「米軍の兵力構成を含む軍事態勢について継続的に米国と協議する」と明言していた。

 下河辺氏は同年10月に、「(橋本氏から)絶えず軍事情勢によって(米国と)協議することをはっきりさせてくれとなった。海兵隊の始末が一番のテーマ。ペンタゴン(米国防総省)でも海兵隊はいまやいらないと言う軍人もいっぱいいる」と発言している。

 政府が名護市のキャンプ・シュワブ沖に海上ヘリポートを建設するための調査を名護市に打診した97年1月には「基地の移転整備が5~6年かかる。今すぐには否定されても5~6年先に海兵隊は沖縄にいらないという意見まである」と指摘した。

 さらに「住民の頭越しに(移設作業を)見切り発射することはない」という首相の言葉を引き合いに、「発言の裏解釈としては、今は時間稼ぎの時と思っているのではないか」「住民の反対があるので調整したいと、住民の反対をうまく利用している気がする」との認識を示している。

 97年4月には、米国防総省などで海兵隊削減の検討が始まっているとの見方を示し、「橋本さんはそれにかけている。それがだめと分かってからでも工事はいいのではないか」「沖縄海兵隊がいなくなる可能性は50%以上あるのではないかと言ったら、(首相は)そう思いますかね、なんて言っている」と話している。

 ただ、名護市民投票、その後の市長選が終わった98年3月の口述記録では、在沖海兵隊撤退にはほとんど触れず、移設後の基地の使用期限など具体的な道筋を語っている。

 口述記録をまとめた文書は22日、下河辺氏の資料などを管理する「下河辺アーカイブス」から県公文書館へ寄贈された。