「チュンカイクルサッティン ニンダリーシガ、 チュークルセー ニンダラン」(人に殴られても眠れるが、人を殴っては眠れない)というウチナー言葉がある。人を殴ると良心が痛んで眠れない、というウチナーのチムグクルを強調した表現だ。昔、母が近所の女性たちとユンタクの話題にしていた。

ギリシャ1世が経営するレストラン前には、米国旗とベトナム戦闘間の行方不明者の旗、「自由と繁栄」を謳歌(おうか)した旗が掲げられている。米社会の複雑さを感じずにはいられない

 母はその解釈に納得していなかった。「イナグヤクトゥ、(クルサッティン)ニジールスル=女だから(虐待されても)耐えるべきだ」とも取れるその意味。それは当時、中学生だった私にも不可解だった。全く曲解された美徳の押し売りだと思った。

 実はその前日まで数日間、乳児と5歳の男の子を連れた女性が私の部屋に寝泊まりしていた。女性の顔や首、両腕には腫れた青あざとかまれた痕跡が無数にあった。思春期の私なりに、彼女に何が起きたのか、そして母の立場も読み取れた。その後1年近く、音信不通だったが、朗報があった。女性は心身ともに暴力からの脱出を選択したのだ。「クルサッティン ニンダラン(殴られたら、眠れない)だよね!」と母に確かめると、母は私を見て笑顔で肯定した。

 初めて私が身近に接したDV犠牲者の女性は、どんな境遇に出くわしたのだろうか? もしPTSDに脅かされていたら、いかに対応したのか。母親に始終しがみついていた男の子のおびえた目つきを思い出す。彼の目に焼きついた記憶、DVの影響は、と考える。

 虐待被害者は孤独に陥り、周囲から隔離され、客観的な判断が難しくなる。母は「そんな女性たちは人間として自己主張するという当然な権利さえも見失ってしまう」と話してくれた。

 米国ではどうか。基本的人権が脅かされればまず周囲が許さないし、草の根運動も活発だ。泣き寝入りせず問題提起するケースが多い。それでも児童虐待やDV事件は日々絶えない。

 「チュゥクルセー ニンダラン」。文字通り「人殺しをしては眠れない」人間が戦争に勝利した大国にもいる。施設で暮らす元軍人の中には、PTSDにさいなまれ、過去の苦痛の捕虜となっている者もいる。

 数年前、ある男性の沖縄戦体験の話を聞いた。日本軍の拠点だった首里城を、米軍の火炎放射器で30分程で焼き払った。平たんとなった首里城のがれきが彼の脳裏から離れなくなった。

 男性のいる施設の看護師が私を沖縄出身と知り、その男性の話を切り出した。「彼は毎日、オキナ~ワ、オキナ~ワ、とばかり言っている。われわれが誰なのかも分からないのに」。男性の親戚はそう嘆いたという。

 数日後、私は見事に再建された首里城のカラー写真や英語版の観光冊子を、施設の担当者に渡した。男性は笑みを見せ、落ち着いていると連絡があった。その後、男性は他界した。

 PTSDは人種や敵味方関係なく、すべての人に現れる。戦争体験者が心身の苦痛を耐え忍んでも、人によってさまざまな症状が出ることもある。精神的な強弱や善悪を非難してはいけない。互いの違いを寛大に受け入れることが当然だ。(てい子与那覇トゥーシー通信員)