県議会与党会派、県民ネット所属の県議、玉城義和(たまき・よしかず)さんが3日午後3時50分、食道がんのため名護市内の病院で死去した。67歳。本部町出身。自宅は名護市大西5の8の8。告別式は6日午後2時から3時まで、名護市名護4558の16、サンレー北部紫雲閣で。喪主は妻のむつ子(むつこ)さん。

玉城義和氏

 玉城さんは1967年に旧名護町役場入り。74年に総評本部入りし国民運動部長などを務めた。92年、県議選に初当選し7期目。ベテランの論客として知られる。

 95年の米兵暴行事件に抗議する県民大会では事務局長を務めた。新基地建設に反対する議員や経済人、文化人らでつくる「島ぐるみ会議」の発足も呼び掛けるなど、大衆運動の先頭に立った。6月5日投開票の県議選への出馬を模索していたが、体調不良を理由に勇退した。

 名護市内の自宅では同日、通夜が行われ、ゆかりのある人が別れを惜しんだ。

 玉城さんの後援会事務局長で名護市議会の仲村善幸副議長は「保革を越えたオール沖縄の基礎を作った人物。沖縄にとって大切な政治家を失った。闘いの半ばで倒れてしまい、本人も悔しいと思う」と肩を落とした。稲嶺進名護市長は「イデオロギーに偏らず中立の立場で政治環境をつくってきた人。彼の存在は大きかった」と悔やんだ。