第29回NAHAマラソンは、汗ばむほどの陽気の中、約2万8千人が、那覇・南部路に挑んだ。難病で苦しむ人や東日本大震災の被災者にエールを送ろう、自分や家族の記念に…とそれぞれの思いを胸にゴールを目指すジョガーの背中を、沿道ボランティアの声援と差し入れが、しっかり後押しした。ゴールの奥武山運動公園には、充実感をたたえたジョガーと迎える人々の笑顔が広がった。

大久保篤志さんは伴走の渡名喜興俊さん、田中直子さんと3人で手をつないでゴールし初完走を飾った=1日、那覇市の奥武山陸上競技場

塩澤秀介さん(左)と娘の悠喜さん

大久保篤志さんは伴走の渡名喜興俊さん、田中直子さんと3人で手をつないでゴールし初完走を飾った=1日、那覇市の奥武山陸上競技場 塩澤秀介さん(左)と娘の悠喜さん

 ロープから伝わる伴走者のメッセージと、沿道の声援を頼りに、那覇市の大久保篤志さん(41)は前へ進んだ。原因不明の自己免疫疾患ベーチェット病で視力を失い、左足首の関節痛に苦しみながら、初挑戦で42・195キロを駆け抜けた。

 大久保さんはトラ、伴走の渡名喜興俊さん(63)はカッパ、田中直子さん(35)はウサギのかぶり物で出場。大久保さんには「トラがんばれ」「ウサギしっかり」という子どもたちの声がはっきりと聞こえ、「休みたくても立ち止まれなかった」と笑う。27歳で難病と診断された。寒くなると目が見えず、関節痛がひどくなった。

 症状の和らぐ温暖な気候を求め、28歳で出身地の広島から沖縄に移り、30歳で全盲になった。

 他人に迷惑を掛けてはいけないと大好きなスポーツを控えてきたが、仕事仲間に誘われ、4月からマラソンの練習を始めた。

 沖縄伴走ランナーネットワークのメンバーと走り、「目が見えなくても安心」と感じた。週2回、5~10キロを楽しく走ることができた。

 「たくさんのランナーの中でも転んだり、ぶつかったりすることはなかった。伴走は心強い。同じような難病に苦しむ人たちにも諦めずに頑張ってほしいとエールを送りたい」

避難者のパワーに 福島から参加の塩澤さん

 震災避難者のため、娘のため、福島県いわき市の塩澤秀介さん(56)は、両足がつりながらも余裕で完走した。

 東日本大震災では実家が半壊し、経営する居酒屋も長い間営業できなくなった。一人娘の悠喜(ゆき)さん(18)が通う県立いわき総合高校は今も仮校舎のままだ。「沖縄県内の避難者のために」と昨年に続き参加を決めた。来年3月に東京へ進学する悠喜さんは、父との「修学旅行」を兼ね、初めて応援に来た。ベストタイムから1時間ほど遅れてゴールした秀介さんを見つけ「有言実行でかっこいい」。

 県内には、被災3県からの避難者が11月現在も985人いる。避難者と地元に残った人の心の溝も一部で生まれる。秀介さんは「原発の状況次第では私も避難していたと思う。残った人間で戻れる環境をつくるので、帰ってくる時は胸を張ってください」と話した。