沖縄戦の戦火を逃れ残った旧沖縄家政高等女学校(後の積徳高等女学校)の1942年の卒業アルバムが発見されたことを受け、同校ふじ同窓会(新垣道子会長)の会員が6日、那覇市の大典寺に集まった。家族を含めた10人が長い時を経てよみがえった思い出を語り合った。

思い出を語り合う沖縄積徳高等女学校の卒業生とアルバムの持ち主の岸本嘉邦さん(右から2人目)=6日、那覇市の大典寺

 卒業アルバムは、名護市の岸本嘉邦さん(65)が母・治子さんの遺品として保管していたもの。新垣会長が、本紙の記事を見て驚き、岸本さんと卒業生に声を掛けた。

 貴重な写真をながめながら「この人は背が高くてバレーボールが上手だった」「これは近所のあの姉さんだね」と思い出話に花を咲かせた。アルバムには、集合写真や部活動、学校行事の様子を収めた写真のほかに、真珠湾攻撃を伝える新聞の号外や祝勝パレードなど、戦争に向かう当時の世相を写すものもある。

 新垣会長は「真珠湾攻撃があった41年から、大好きだった革靴とセーラー服姿が禁止され、もんぺとげた履きになった。わら人形相手に竹やり訓練もした」と当時の様子を話した。

 治子さんの同級生、濱元徳子さん(90)が持っていたアルバムは、10・10空襲で焼失した。「学生時代の同級生との思い出がよみがえった。大切に残していた岸本さんに感謝したい」と笑顔。岸本さんは「小さいころから見ていたアルバムなので、珍しいものだとは思っていなかった。アルバムを囲んで皆さんが喜んでくれてうれしい」と話した。

 同校は18年に設立、43年に私立沖縄積徳高等女学校に改名。45年、沖縄戦で焼失し廃校となった。沖縄戦では「ふじ学徒隊」として25人が動員された。