「戦後68年。日々の生活があるにもかかわらず、ウチナーンチュは基地を挟んで保守、革新に分かれて血みどろの戦いを強いられてきた。冷戦終結後も、沖縄は基地があるせいで、保革に分かれてにらみ合いを続けてきた」

「県民に自信を持ってほしい」と語る翁長雄志那覇市長=那覇市役所

 自民党県連の幹事長なども歴任した典型的な保守政治家。米軍普天間飛行場の名護市辺野古を推進したこともある。

 稲嶺恵一前知事を与党の立場から支え、軍民共用化や15年使用期限などを政府に求めた。しかし、政府が検討を約束したはずの受け入れ条件は「空手形」のごとく裏切られた。「県外移設」を訴えた鳩山由紀夫首相の誕生と退陣。

 もう、苦渋の選択をする必要はない-。

 従来の政治的なイデオロギーではなく県民としての「アイデンティティー」に基づく「県外移設」への再結集を呼び掛けている。

 政府が求めている辺野古埋め立て申請に仲井真弘多知事はどんな判断を下すべきなのか。「今の若い世代や若手政治家が、責任世代になった時に、基地問題への異議申し立てができるようにしてほしい」。事実上、埋め立て申請の不承認を求める。

 重大な岐路に立つ今の沖縄を考える時、常に頭をよぎる出来事がある。米軍統治下の1956年、米軍が強制接収した土地を一括で地主から買い上げるというプライス勧告に、当時のウチナーンチュが結束して、圧力をはねのけたことだ。その中には、真和志市長だった父親の助静氏もいた。

 「あの時、土地を売っていれば国有地にされ、今の私たちに、(基地撤去を求める)政治的な選択の余地は与えられていなかった」

 半永久的な基地固定化にもつながりかねない辺野古移設。一方で、政府が唱える負担軽減策は実態と実感が伴わない「話クワッチー(ごちそう)でしかない」と切り捨てる。

 自民の国会議員5人に続き、自民党県連も辺野古容認に転じた。秘密保護法成立で見せた安倍政権の強硬姿勢は今度は沖縄に向かう。「日本中、どこを見ても一地方で政府と戦えるのは沖縄だけだ。県民には自信を持ってほしい」(政経部・知念清張)

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 普天間飛行場の辺野古移設をめぐり、仲井真知事は政府の埋め立て承認申請への判断を12月下旬以降に下す。重大な局面を迎えた私たちは、沖縄の過去から何を学び、現在と将来へどう生かすのか。関係者へのインタビューを通して考える。(随時掲載)