素人には、優雅な手の動きに見えないこともなかったのだが…。マンデラさんの追悼式の手話通訳に非難が集まっている

▼人種融和を説いた巨人を悼む場ででたらめを見せられた、ろう者の怒りはごもっとも。「障がい者を侮辱している」との声も出た。一方、日本のろう者は彼らの言語である手話を侮辱された歴史を持つ

▼「手話札」というものがあったことを知った。昭和の初め、唇の形を読んで声で会話する口話を覚えさせるためだった。まるで方言札のように手話を使った者を罰したのだ。手を縛られた例もある

▼そこには、耳が聞こえない者を下に見る態度があった。聴者(耳が聞こえる人)で文化人類学者の亀井伸孝さんは、著書『手話の世界を訪ねよう』で「口話法をよかれと思って推進するのは、いつも耳が聞こえる教育者や親たちだということです」と指摘する

▼善意から長年、受け継がれた文化を否定されたのではたまらない。戦後、手話の復権が進んだが、日本では世界に遅れ、公用語としての地位が確立されていないという

▼手話通訳者の金城美保恵さんは「聞こえないことはマイナスじゃない」と話した。手話劇に映画に落語。音のない世界で笑って泣いて、豊かな人生を育む人たちがいる。亀井さんの言う「ご近所にある異文化」に目を向けたい。(具志堅学)