【那覇】県立埋蔵文化財センター(下地英輝所長)は21日、2011年8月に首里高校の校舎建て替えに伴う試掘調査でグラウンド地中から見つかった中城御殿の遺跡の発掘調査の成果として、井戸周辺の水場の遺跡などを公開した。約40人が参加した。

井戸周辺の水場の遺跡について説明する県立埋蔵文化財センターの発掘担当者(左)=21日、那覇市の首里高校グラウンド

 中城御殿は琉球王朝時代、王の世継ぎが住んだとされている。約400年前の尚豊王(1621~40年)の時代に、現在の首里高のグラウンドにあたる場所に建設された。明治初期に旧県立博物館跡へ移り、沖縄戦で焼失した。

 発掘、公開された主な遺跡は水場の遺跡や、長い石積みの壁、洞穴など。水場がきれいに残った状態で出土するのは県内でも珍しいという。また、14~15世紀ごろ使用された通貨「寛永通寶(かんえいつうほう)」、男性用のかんざしや中国産の茶わんなども出土した。

 発掘を担当した同センター調査班の羽方誠主任専門員は「水場の遺跡など珍しいものが見つかった一方、洞穴は本格的に調査が進んでいない。何に使われたものなのか明らかにしたい」と話した。

 浦添市から参加した友利義勝さん(68)は「これだけ残っているのはすごい」と遺跡に見入っていた。

 同センターは8月から発掘調査を進めており、2015年3月まで続ける予定。同地には首里高の新校舎が建設される予定で、遺跡の保存方法は未定だという。