古代ローマかギリシャだったか。石版に「今の若者は…」という長老の嘆きが書かれていたという。いつの世も同じだと苦笑したが、日本でも“不可解な若者”をひとくくりにしてきた

 ▼先日、名護で開かれた引きこもり支援の講演では、講師が「タケノコ族やギャルにニートなど、いろんな枠にはめた」と指摘した。社会を遠ざける「ひきこもり」は「キレる」若者と重なり、偏見を生んだ

 ▼社会的介入が始まったのは2000年代。定義や評価、支援を記した専門家のガイドラインも整備されたが、県内でも家の中で家族と数年も顔を合わせない例などあり、深刻だ

 ▼講師を務めた和歌山県精神保健福祉センターの小野善郎所長は、問題は個人ではなく、社会にあると語る。支援の中で重要視される自立や就労も「“正解”は正規雇用なのだろうが、今の時代、簡単ではない」と語る

 ▼就活の失敗などで一度つまずけば、軌道修正は難しい。自信を失った当事者には、経済的自立という高い目標ではなく、地域で自然体に生きる身近な大人の姿が人生の道しるべとなる。「農家の草取りや商店での手伝いも、支援の一つ」と小野所長

 ▼そう考えれば、手を差し伸べるのは難しくない。社会を遠ざけ「どうせ、自分は」とうつむく彼らへの支援策は、すぐ足元にある。(儀間多美子)