仲井真弘多知事は27日、米軍普天間飛行場の移設に向け、名護市辺野古沖の埋め立て申請を正式に承認する。

 戦後、日本のどこよりも基地の過重負担に苦しんできた沖縄に、普天間飛行場にはない埠頭(ふとう)機能や装弾場などを備えた半永久的な米軍飛行場を新たに建設する-これほどの理不尽があるだろうか。

 埋め立て承認によって沖縄は「日中冷戦の拠点」として、これまで以上に軍事上の重い負担を背負うことになるだろう。

 基地建設で潤う人びとと、そうでない人びとの対立によってぎすぎすした空気が広がり、沖縄社会が落ち着きを失った不安定な社会に変わるかもしれない。

 新基地建設は「沖縄らしい自然と歴史、伝統、文化を大切にする」という「沖縄21世紀ビジョン」の将来像にも反する。

 辺野古沿岸域は、沖縄県が策定した「自然環境の保全に関する指針」で、ランク1と評価されている。「自然環境の厳正な保護を図る区域」だと、県が指定した地域だ。

 住民の強い反対を押し切って、ジュゴンのすむかけがえのない海を埋め立てるのは、そのために県内に投下される「お金」よりもはるかに大きな有形無形の損失を沖縄にもたらすだろう。

 知事の埋め立て承認判断は、20年後、50年後の人びとまで拘束する極めて重大な判断である。

 日本本土の米軍基地と沖縄の米軍基地には大きな違いがある。本土にある米軍基地のほとんどが旧日本軍の基地を継続使用しているのに対し、沖縄では、米軍が戦後、自分たちの都合のいい場所に基地を建設した例が多い。普天間飛行場もその一つである。

 沖縄県民は、沖縄戦で未曽有の被害を受け、戦後も軍事植民地のような生活を強いられてきた。その意味で日本政府には、沖縄に対する「戦後責任」がある。

 復帰の際、沖縄振興開発特別措置法が制定され、「国の責務」で戦後処理や格差是正に取り組むようになったのはそのためである。

 振興開発は比較的順調に進んだ。だが、米軍基地の整理縮小は復帰後も遅々として進まなかった。東西冷戦が崩壊したあとも沖縄に「平和の配当」はなかった。この状態を解消することが何よりも優先すべき課題である。

 だが、現実は、逆の方向に動き始めている。

 知事の言動が変だ。県民を代表する知事の言葉とは思えないような軽い発言や、過去の主張との整合性を欠いた言動が目立つ。

 25日、首相官邸で開かれた安倍晋三首相との会談の後、知事は記者団から感想を問われ、「いい正月になる」とまで言い放った。

 26日には、名護市長選への出馬を表明している前県議の末松文信氏、一本化を受け入れ出馬を取りやめた前市長の島袋吉和氏と知事公舎で会った。関係者によると、知事は両氏と握手を交わし、「私も皆さんと同じ方向だ。一緒にがんばりましょう」と結束を誓い合ったという。

 同じ日、面会を求めて知事公舎前に集まった県議会野党メンバー十数人には会っていない。

 県議会や県民への説明を後回しにして早々と市長選候補予定者と会い、結束を誓い合ったというのだから、説明の順序があべこべだ。

 仲井真知事は自分がこれまで何を主張してきたのか、忘れてしまったのだろうか。

 県議会各会派、県内のすべての市町村が「普天間飛行場の県外移設」で足並みをそろえたのは、仲井真知事が県外移設を選挙公約に掲げ、その後、あらゆる機会に県外を訴え続けたからである。

 「沖縄の総意」を形成する上で知事の果たした役割は大きかった。「辺野古移設に反対すれば普天間が固定化する」との政府内の脅しに対しても、「固定化するとの発想、言葉が出てくること自体、一種の堕落だ」と強い調子で批判した。

 知事は日米両政府を動かして県外移設に道筋をつけるべき政治的義務を負っている。「県外移設」の公約をこれから先、どのように実現していくつもりなのか。明確な言葉で説明すべきである。