安倍晋三首相が靖国神社を参拝した。中韓両国から猛烈な批判を浴びることを覚悟の上で自らの政治信条を貫き、政権の基盤である保守層に強くアピールしたことになる。

 首相の試みは、しかし、国内だけでなく国際社会からも激しい批判を浴びた。中国側からは「安倍氏が首相の間は関係改善は困難」(中国共産党関係者)との声が浮上している。韓国政府関係者も「とてつもない悪影響が出る」と事態の展開を憂慮する。

 中韓両国が反発しているだけではない。同盟国である米国政府からも批判的な発言が相次いだ。「遺憾」や「懸念」の言葉よりもはるかに批判的な「失望」という言葉を使って。

 日本外交が被った打撃は計り知れない。

 安倍首相は日ごろ、口癖のように「対話のドアはつねにオープンにしている」と語っていた。だが、それは口先だけで、本音では全くその気がないことを国際社会に暴露したようなものだ。

 小泉純一郎元首相が靖国参拝を重ねたときと現在とでは、政治状況が決定的に異なる。日中、日韓いずれの関係も戦後最悪の状態。特に中国とは尖閣諸島の領有権をめぐって一触即発の緊張状態が続いている。この時期の靖国参拝がどれほど破壊的な影響を及ぼすか、首相が知らないはずはない。

 中国との関係がさらに悪化し、関係改善が遠のいても構わない。首相はそのように考えているのではないか-もしそうだとすれば、この政権はほんとに危ない。

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 「国のために戦い犠牲になった英霊に対して、哀悼の誠を捧げるのは当然である。外国からとやかく言われる筋合いはない」-首相や閣僚が折に触れて語る靖国参拝の論理は、ほぼ共通している。

 だが、日本を代表する首相が靖国神社を参拝することは、多くの国民が抱く「自然な感情」とは別次元の、戦争責任に絡む深刻な問題をはらんでいる。東京裁判で責任を問われた東条英機元首相らA級戦犯14人が合祀(ごうし)されているからだ。

 日本は1952年に発効したサンフランシスコ平和条約で、極東国際軍事裁判(東京裁判)の結果を受け入れた。

 その事実を認めつつも安倍首相は、第1次安倍内閣のとき、A級戦犯について「国内法的には戦争犯罪人ではない」と語った。

 2013年3月の衆院予算委員会では東京裁判について「勝者の判断によって断罪された」と答弁した。

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 安倍首相の電撃的な靖国参拝は、安倍政権の深刻なジレンマをあらためて浮き彫りにした。

 自らの政治信条に忠実に振る舞えば中韓両国の激しい反発を招き、中韓両国に配慮すれば支持層の離反を招くというジレンマである。

 本音を語ったかと思うと、米国から批判を浴びて引っ込め、当たり障りのない建て前論を語ったかと思うと、靖国参拝という猛毒の本音が飛び出す。その繰り返し。

 政権内部や党内に忠言する人がいないのが心配だ。