第2次大戦当時、米国の原爆製造を主導した物理学者ロバート・オッペンハイマー博士は、広島と長崎の甚大な被害に衝撃を受け、戦後、核開発を深く後悔したという

▼同じころ旧ソ連では、後に「悪魔の銃」と呼ばれる自動小銃AK47、通称カラシニコフが開発されていた。現在は模造品も含め世界で1億丁が出回っていると推定され、「史上最も多くの人を殺した武器」といわれる

▼開発者は銃器設計技師のミハイル・カラシニコフ氏。先ごろ94歳で亡くなった(25日外信面)。自伝によると、ソ連兵としてナチスドイツと戦った前線で多くの仲間を失い、「ファシストを倒したい」一心で銃の研究に没頭した

▼安価で扱いやすく手入れが簡単で故障が少ない銃。技術者の心血を注いだ工夫の数々が、皮肉にも世界中の紛争地域に広まる要因となった

▼21世紀のアフリカや中東で少年兵が民間人殺りくに使うことになるとは、開発者は夢にも思わなかっただろう。晩年のインタビューで「悲しいことだ」との言葉を残している(「カラシニコフ」松本仁一著、朝日新聞出版)

▼東西の兵器開発者による悔恨は、武力によって平和を築くことは不可能だと示す貴重な教訓だ。辺野古の海を埋め立て、米軍基地を新設する判断が後世の沖縄に何をもたらすのか。禍根は残したくない。(田嶋正雄)