戦前の琉球芸能の一級資料を残しながら詳しい人物像が不明だった画家、片山春帆(しゅんぱん)の没年や系譜、生前の写真などが明らかになった。春帆の孫の片山正雄さん=東京都=が名乗り出て、1955年2月26日に没していたことなどが新たに分かった。研究者らは「生前の写真は見たことがない。人となりや交友が分かれば、芸能研究に寄与する」と話す。正雄さんも研究の進展を期待している。

1943年に撮影された当時64歳の片山春帆(右)

戦前の琉球芸能の一級資料を残した画家、片山春帆の系譜や写真を広げる孫の片山正雄さん=東京都内

1943年に撮影された当時64歳の片山春帆(右) 戦前の琉球芸能の一級資料を残した画家、片山春帆の系譜や写真を広げる孫の片山正雄さん=東京都内

 春帆は1936年(昭和11年)に折口信夫らの声掛けで開催された「琉球古典芸能大会」の衣装や小道具などを詳しく彩色スケッチするなどした。戦前の琉球芸能の写真や映像はモノクロのため、春帆のスケッチは一級資料とされている。

 国立劇場(東京)が所蔵する記録画帳を借り受けた国立劇場おきなわが、2012年に若手研究者や実演家らに呼び掛け結成した研究会の活動を報じた記事を読んだ正雄さんが13年10月、国立劇場おきなわに手紙を出して名乗り出た。

 担当する国立劇場調査養成課の久部良和子係長は「手紙を頂いた時はとてもびっくりした」と話す。研究会で片山さんの人物像を調査した鈴木耕太さんは「鋭い観察眼を持ち、琉球芸能をオリエンタリズムの視点ではなく、本質を見ている」と評価している。

 正雄さんは「和装で無口な祖父しか知らなかった。多くの方が研究しているのは初耳だった。研究者の方に分析してほしい」と話している。(真栄里泰球)