【名護】旧羽地村で約80年前に製造された時を告げる「時報鐘」が、大みそかの12月31日から元日にかけて「除夜の鐘」として活躍した。2005年に復活して以降9回目で、旧羽地村役場で時報鐘を鳴らした市仲尾次の伊差川政男さん(70)も「今は除夜の鐘として活躍してくれている」とうれしそうだ。

かつて「時報鐘」を役場職員として突いていた伊差川さん=名護市羽地支所敷地内

 鐘は青銅製で重さ約300キロ、直径約70センチ、高さ約130センチ。1935年に旧羽地村経済更正計画記念事業として、役場高台の通称「仲尾次バル」に設置され、「時を告げる鐘」として1日4回鳴らされた。

 70年の合併を境に旧羽地支所で保管されていたが、2005年に製造70年を記念して復活。沖縄戦で銃弾が貫通した穴もあり、「戦火をくぐり抜けながら村民に希望を与えた」鐘として地域の人が大切にしている。

 伊差川さんによると、鐘の製造は旧羽地村の経済計画が県に認められたことを記念したものという。ブタやヤギの年間肥育などで地域経済を成り立たせる綿密な計画だったようだ。時報を打つ際、伊差川さんは、役場内の時計を見た職員から合図を受けて、仲尾次バルでユングイ(くい打ち棒)を使って突いた。

 時報鐘を知る市田井等の崎濱秀徳さん(82)は「電気がなくてホヤランプの時代。サイレンの代わりに人の手で打てる鐘が必要だった。戦後はテレビラジオの普及で役目は終わった」と懐かしがった。

 伊差川さんは、琉歌で鐘のことを「戦世ん渡てぃ 鳴響(とぅゆ)む鐘音(はにうとぅ)や 働ちゅる人ぬ 心やしむ」と詠み、沖縄戦を乗り越えて使命感に燃え、田畑で働く人々の心を癒やす時報鐘をたたえている。

(玉城学通信員)