安倍政権は、集団的自衛権行使を容認する憲法解釈の変更を、24日に召集する通常国会の会期中(6月22日まで)に行う方向で検討に入った。国家安全保障を担当する礒崎陽輔首相補佐官が12日、記者団に明らかにした。

 戦後日本が守ってきた平和憲法の根幹が揺らぎかねない重大な局面を迎える。東アジアや世界における日本の立ち位置をどのように構想するか、国民一人一人が大きな岐路に立たされている。

 集団的自衛権は、同盟国など密接な関係にある国が武力攻撃を受けた場合、自国が直接攻撃されなくても実力で阻止できる権利である。

 日本の場合は、憲法9条で国の交戦権を認めていないため「行使は憲法上許されない」との内閣法制局の見解を歴代の政権が受け入れ、専守防衛の旗を降ろさずにやってきた。安倍政権は、憲法を改正することなく、解釈の変更で容認しようというのである。

 安倍首相は当初、改憲の発議要件を定めた憲法96条の改正をもくろんだが、多くの批判を浴び、これを引っ込めた。そこで政府内の手続きで実質改憲が行える解釈変更の手法に転じたのだ。

 集団的自衛権の行使を容認することは、自国の安全が脅かされているわけでもないのに、政府が一方的に武力行使に踏み切ることを可能にする。戦争のおびただしい犠牲の上に築かれた憲法の平和主義を形骸化させるものだ。

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 厳格な憲法改正の手続きを踏まない解釈改憲は、こっそり裏口から入るような姑息(こそく)な手法といわざるを得ない。

 安倍首相は、政府の憲法解釈を担う内閣法制局長官に自らの息のかかった行使容認派を充てる人事を行った。

 解釈改憲を理論面で支えるのは、首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)だ。首相と考え方を一にする有識者らで固めており、結論ありきである。

 行使が容認されるとどうなるか。それこそ、日本とは直接かかわりがなくても「地球の裏側」まで出かけて、米国が関係する紛争に参加することになる。

 首相の危うさはその歴史認識にもある。昨年末の靖国参拝が象徴的だ。外交では「中国包囲網」を作ろうとし、日中の関係悪化は深刻だ。その中で、集団的自衛権の行使が容認されれば、両国の関係は抜き差しならないところにいくだろう。

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 政府が昨年末、決定した新たな防衛大綱と中期防衛力整備計画は、中国への警戒心を前面に打ち出し、南西地域の防衛力整備など離島防衛に軸足を移している。

 集団的自衛権は日米の軍事行動の一体化を意味し、米軍専用施設の74%が集中する沖縄がさらなる負担を負わされるのは間違いない。

 憂慮されるのは、偶発的な衝突を回避したり、危機の拡大を防ぐ日中対話のシステムを欠いたまま、「対中包囲網外交」と防衛力増強だけが進んでいることである。