【名護市長選取材班】任期満了に伴う名護市長選は19日の投票日に向け、ラストスパートに入った。最大の争点となる米軍普天間飛行場の辺野古移設を積極的に推進する末松文信氏(65)と、断固反対する稲嶺進氏(68)が、街頭演説や地域懇談会で懸命のアピールを展開している。両陣営とも日増しに有権者の関心が高まっていることから、投票率は前回を上回ると予想、浮動票の掘り起こしに力を入れる。過去の市長選を、得票数や投票率などのデータで振り返る。

名護市長選の得票数、投票率の推移

 1970年の5町村合併による名護市の誕生後、4期連続で革新統一候補の渡具知裕徳氏が市政を担当した。3、4期目は無投票。12年ぶり投票の86年選挙では、保守系無所属で自民などが推した元市議会議長の比嘉鉄也氏が渡具知氏に1679票差で当選。比嘉氏は90年、94年と票を伸ばし、保守地盤を固めた。

 辺野古移設の賛否を問う97年12月の市民投票で反対票が賛成票を上回ったにもかかわらず、比嘉市長は海上ヘリ基地の受け入れを表明し、辞任した。

 98年市長選は、移設の是非が初めて焦点となった。市助役の岸本建男氏と、革新系県議の玉城義和氏が立候補。岸本氏が接戦の末に1150票の僅差で当選、市民投票とは逆の結果で、保守地盤を継承した。

 岸本氏は99年、七つの条件を付けて、海上ヘリ基地の受け入れを表明。2000年度に北部振興策がスタートした。02年選挙では、前回玉城氏を支持した公明が岸本氏を推薦。2000年の沖縄サミット開催を追い風に、稲嶺恵一知事の全面支援でも勢いづいた岸本氏が、2万を超す市長選の最高得票で前市議の宮城康博氏を下した。

 岸本氏は体調不良を理由に勇退。06年は、在日米軍再編で日米両政府がキャンプ・シュワブ沿岸案に合意した後の市長選となった。

 移設を容認し、修正協議に柔軟姿勢を示した前市議会議長の島袋吉和氏に対し、移設反対派は保革相乗りの我喜屋宗弘氏と革新系の大城敬人氏が出馬し、足並みが乱れた。島袋氏が他の2人の合計を上回る得票で初当選した。

 島袋氏は06年4月、シュワブ沿岸部にV字形滑走路を建設する計画で政府と基本合意。10年には移設反対を掲げ、保革を超えた態勢で臨んだ前教育長の稲嶺進氏との一騎打ちとなった。稲嶺氏は当時政権を担った民主や国民新からの支援を受けたほか、無党派層に支持を広げ、移設反対派から初めての市長が誕生した。

 市内では保革の枠組みがすでに崩れており、今回の選挙も移設について「推進」か、「反対」か、に分かれた構図となる。これまで移設容認派を支持してきた公明が自主投票を決めたことで、両陣営は公明票の取り込みに力を入れている。

 仲井真弘多知事が移設に伴う埋め立てを承認後、地元の民意を問う初めての機会で、移設計画に大きな影響を与えるとみられ、全国的に注目されている。

投票率上昇を予想

 投票率は1986年の89・7%をピークに5回連続で下がり続けていたが、稲嶺進氏と島袋吉和氏の一騎打ちとなった前回の2010年市長選は76・96%で、06年の74・98%をわずかに上回った。

 今回の市長選について、市民を対象とした沖縄タイムスなどの世論調査では「大いに関心がある」が66%、「少しは関心がある」が29%で、「関心はない」は5%にとどまった。投票へ「必ず行く」が85%、「できれば行きたい」が12%で、「行かない」が1%、「その他・答えない」が2%だった。

 末松選対は、選挙後半になっての盛り上がりから、投票率を前回並み、もしくは上がると想定。稲嶺選対も「期日前投票へ行く若者が増えている」という理由で投票率は上昇すると予想している。当選ラインはいずれも1万8千票前後とみている。