「沖縄問題の解は沖縄にある。米国は日本側の提案を受け入れただけだ」

 米軍普天間飛行場の代替施設の建設地は辺野古でなければいけないのか。答えを迫る私の目を見据え、ラムズフェルド元国防長官はそう断言した。

 普天間返還から15年となる2011年4月の単独取材で、同氏は「国防長官は米軍の兵力規模や配置、戦略を立案し、米議会が計画を承認し、予算を与える。われわれは望まれない場所に軍を配置しない」と明言。「普天間移設問題は日本政府と沖縄の問題」と述べ、辺野古にこだわる理由を探すなら「まず沖縄の足元を見よ」と助言した。

 米軍は、自国の領土に外国軍隊の存在を認め、活動の自由を保証する日本政府があらゆる要求を満たす体制下で軍事的自由を享受している。そのトップにいたラムズフェルド氏の言葉を額面通りには受け取れないが、同氏の言葉は私の胸に棘(とげ)のように突き刺さった。

 あれから時が流れ、鳩山由紀夫元首相が県外移設を掲げたのを機に、日米両政府にとって「声なき存在」だった沖縄の「ざわめき」が変化を生んだ。米有力議員らは辺野古計画に「待った」をかけ、米政府に再考を促すなど、米側の財政難と沖縄の抵抗が「代替施設なしの普天間返還」というシナリオを米国内で始動させたのだ。

 一方、県外を訴えていたはずの仲井真弘多知事は流れに逆行するかのように、自ら辺野古案を招き入れ、沖縄が地理的に重要な軍事的役割を担うとの見解すら表明。辺野古移設が焦点となった名護市長選で、政府は地元住民に「カネ」による解決を迫り、敗北した。

 「辺野古の海にも陸にも基地を造らせない」と表明する稲嶺進市長の再選は、時代が「条件付き容認」から「無条件反対」へ移行した象徴だ。

 沖縄の足元は明確に変化した。望まれない場所に軍を配置しないために、日米両政府は今すぐ「代替施設なしの普天間返還」へと計画を変更すべきだ。(平安名純代・米国特約記者)