【八重瀬】八重瀬町教育委員会は23日、保管する民謡「汗水節」の楽譜が、1929年に、県学務部社会課が学校や官庁に配るためのガリ版刷りだったと公表した。作詞者の故・仲本稔さんの遺族によれば現存する楽譜では、最も古いという。楽譜では広く親しまれている4分の2拍子ではなく、よりゆったりした4分の4拍子であることも判明。歌詞の一部も変化して広まっており、関係者は「これを元歌として伝えてほしい」と話している。

確認された県によるガリ版刷りの「汗水節」楽譜

「汗水節」作詞者の仲本稔さんの長男・薫さん(右)が寄贈したガリ版刷りの楽譜やメモ(手前)。うち1部が八重瀬町教育委員会(金城隆雄教育長、左)から、石垣市教育委員会(代理・三木健氏、中央)に寄贈された=八重瀬町、具志頭農村環境改善センター

確認された県によるガリ版刷りの「汗水節」楽譜 「汗水節」作詞者の仲本稔さんの長男・薫さん(右)が寄贈したガリ版刷りの楽譜やメモ(手前)。うち1部が八重瀬町教育委員会(金城隆雄教育長、左)から、石垣市教育委員会(代理・三木健氏、中央)に寄贈された=八重瀬町、具志頭農村環境改善センター

 汗水節は沖縄民謡の代表的な勤労歌。28年、仲本さんが歌詞を作り翌年に宮良長包が作曲した。楽譜は、仲本さんと親交があった元音楽教師の故・大城政秀さんが、赴任した伊是名島に持ち込み沖縄戦の戦火を逃れた。大城さんから楽譜を贈られた仲本さんの長男薫さんが同町教委に寄贈していた。同町教委は「汗水節関係資料は、沖縄戦で多くが失われており、大変貴重」と位置付ける。

 作曲した宮良を研究する沖縄キリスト教短期大学の大山伸子教授は「楽譜は作曲した直後で、一番正しいと判断できる。今後はこの曲に沿った形で研究したり演奏したい。宮良本人が書いた可能性もある。今後、八重山民謡を採譜した宮良の楽譜と照合し、研究したい」と意義を語った。

 薫さんは、元の歌詞の「寄ゆる年忘て」が「老ゆる年忘て」に変えられるなど、数カ所が変化し、広まっていると指摘。薫さんと地元・八重瀬町文化協会や汗水節保存会など5団体は、楽譜を踏まえた原作歌詞普及版を作成、普及するよう要望した。

 同町教委は同日、楽譜6部のうちの1部を、宮良長包の古里・石垣市教育委員会に寄贈。楽譜などの資料は2月11日から5月11日まで、八重瀬町立具志頭歴史民俗資料館で開かれる新収蔵品展で展示、公開する。