安倍晋三首相は施政方針演説で「政策実現を目指す『責任野党』とは、柔軟かつ真摯(しんし)に政策協議を行う」と呼び掛けた。

 責任野党について安倍首相は代表質問で「何でも反対、抵抗ではなく、建設的な提案をしてくれる野党は全て『責任野党』だ」と説明した。政策の方向性を共有できる野党とは、積極的に協議を進める意向を示したものといえる。

 この文脈に従えば、政権与党の政策にくみしない野党は「無責任野党」ということになる。言うまでもなく、与党の政策に反対、抵抗する野党議員も国民が選挙で選んだ代表だ。同じ国の議員であり、「敵」ではない。政策が一致しない野党とも、国会で真摯に議論するのは首相として当然の責務だろう。

 安倍首相の独善的にも映る言動は、29日の参院本会議でも露見した。首相の靖国神社参拝が日中、日韓関係に与えた影響をただした野党の代表質問に答えた場面だ。

 首相は答弁原稿に目を落とすと、聞き取れないほどの早口で「中国、韓国の人々の気持ちを傷付けるつもりは全くない」と一気に棒読みした。議場が騒然となると、野党席に向かって、「静かにしていただければ、もう少し聞こえる」と述べ、ざわつく側が悪いと言わんばかりだった。

 質問した野党議員は「リアクションが幼稚だ。聞かれたくない質問でも国民はテレビで見ている」と首相を批判した。不快な感情をあらわに答弁をまくし立てる行為は、自ら威信を傷付ける結果を招いたのではないか。

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 安倍首相が「責任野党」に言及した背景には、集団的自衛権の行使容認に向けた地ならしの側面がある。連立与党の公明党が慎重な姿勢を見せる中、行使容認に呼応するみんなの党や日本維新の会といった野党に秋波を送る狙いがあるのだろう。

 無論、何でも反対するのが野党の役割ではない。国会で足並みをそろえて対応すべき法案や局面があることも否定しない。だが、本来の野党の存在意義は、巨大与党の暴走を食い止め、対峙(たいじ)することにあるのではないか。

 人事で内閣法制局長官をすげ替え、憲法解釈変更によって集団的自衛権の行使容認を目指す首相の方針は、国会議論や民意の軽視にほかならない。毅然(きぜん)と対応するのが野党の本務だろう。

 ところが安倍首相は自らに都合のよい解釈で、「野党の責任」を本来の意味とは全く逆の意味で持ち出した。

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 同様の例として挙げられるのが「積極的平和主義」だ。

 安倍首相が打ち出した「積極的」平和主義は、武器輸出三原則の基準を緩和し、海外での軍事行動も辞さないという軍事面での積極的貢献を可能とする内容である。憲法9条を前提にした従来の平和主義とは似て非なるものだ。

 首相は「私の対話のドアは常にオープンである」と首脳会談を呼び掛けながら、昨年末に靖国神社を参拝し、中国や韓国の反発を招いた。

 外交の場では、ご都合主義は通用しないことを肝に銘じてもらいたい。