あまりにも画一的な取り扱いである。沖縄の声を歴史に残そうとする気がなく、沖縄に向き合う安倍政権の「言行不一致」ぶりを象徴しているというほかない。

 昨年1月28日の首相官邸。県議会各会派代表、全41市町村長・議長らが押印した上で名前を連ね、米軍普天間飛行場の閉鎖・撤去、県内移設断念などを求めた「建白書」を要請団の代表らが安倍晋三首相に手渡した。

 政府はその建白書を来春には廃棄する方針だ。

 県選出の照屋寛徳衆院議員(社民)の質問主意書に対し、政府が閣議で決定した安倍首相名の答弁書で明らかになった。請願は、憲法で保障された権利である。選挙以外で国民の意思を国政に反映させる重要な手段である。

 確かに請願法では「請願は、請願者の氏名及び住所を記載しなければならない」とある。このため政府は「公文書等の管理に関する法律」に従って行政文書として防衛省に保管しているという。だが、署名しているのはすべて公人である。さまつな住所の不記載のために請願法が適用されないのであれば、そう指摘すればいい話ではないか。

 昨年は復帰40年の節目だった。建白書は「米軍はいまだ占領地でもあるかのごとく傍若無人に振る舞っている。国民主権国家日本のあり方が問われている」と日本と沖縄の関係を問い返している。

 沖縄にとっては前日に日比谷野外音楽堂で開かれた初めての東京集会と合わせ、直接行動をとらざるを得なかった歴史的な文書である。

    ■    ■

 安倍首相は1月下旬に開幕した通常国会の施政方針演説で、在日米軍再編に触れる中で「沖縄の方々の気持ちに寄り添いながら、『できることは全て行う』との姿勢で取り組む」と決意を述べている。

 「寄り添う」というのであれば、名護市長選の結果を無視し、2日後には埋め立て手続きをしないはずだ。「寄り添う」のであれば、建白書で求めたオスプレイの配備も撤回してしかるべきである。

 民意に反した強行姿勢をとりながら、「寄り添う」というのは、まさに言行不一致の見本というしかない。

 建白書は当初、安倍首相が受け取ることを想定していなかったことや、「作成・取得者」が防衛省日米防衛協力課長であることから取り扱いを官僚任せにしたのは明らかだ。安倍首相は建白書の宛先が本人であり、本人が受け取ったことを忘れてはならない。

    ■    ■

 請願書であれば政府は「誠実に処理する義務」を負う。行政文書とは格が違う。

 県議会、市町村議会では米軍の事件・事故で多くの意見書を決議しているが、行政文書である。意見書は県民や市町村民の意思表示であり、その意味は重い。「誠実に処理する義務」がなく、沖縄の声がかき消される。

 照屋氏は、建白書を公文書管理法の「歴史公文書」などとして国立公文書館に移管することを求めている。歴史の検証に必要な文書である。政府がこの考えに同調しなければ、県公文書館が引き取ることを検討してもらいたい。