ロサンゼルス近郊のオレンジ郡で美容院を経営しながら、毎週日曜日には美容院を舞踊教室として指導にあたっているのが、比嘉ベン直哉さん(48)。比嘉さんは全米に4人しかいない玉城流師範の中の一人。カリフォルニア州では唯一の存在だ。

ロサンゼルス郊外トーランス市のアームストロング劇場で舞踊を披露した比嘉さん=2015年11月

 比嘉さんは日本とアメリカを行き来しながら育った。ロサンゼルスで生まれて2歳で沖縄に戻り、10歳で帰米。高校卒業後に再び沖縄に渡り、玉城流に入門、沖縄県立芸術大学でも学んだ。しかし、病に倒れたアメリカ在住の父親を介護するために、30歳で再びロサンゼルスに帰ってきた。

 その後は実家の美容院の仕事、父親の介護、琉球舞踊の指導と多忙な日々を、父親が亡くなる2015年の8月まで17年間も送った。その間、09年に師範の免状を取得。生徒の指導だけでなく、ニューヨークのカーネギーホールをはじめとする舞踊の公演活動にも積極的に携わってきた。

 現在は米国における琉球舞踊の踊り手兼指導者として活躍している比嘉さんだが、5歳で最初に習ったのは日本舞踊だったという。10代の頃はクラシックバレエに魅せられ、ボストンバレエ団の講習に参加、パントマイム、フラメンコなど多様な踊りを習得した。

 日本舞踊やバレエの素地もある比嘉さんは、その豊かな経験を生かし、能や歌舞伎も取り入れた玉城流舞踊のアメリカでの浸透に力を尽くしている。「アート(芸術)は何でも好き。その歴史を知り、人々に魅力を伝えることに生きがいを感じる」と語る。

 生徒たちはその多くが、比嘉さんが演じる姿を見て「自分たちもあのように華麗に踊りたい」と憧れて入門してくる。自分の直接の生徒ではなくても、甥(おい)弟子、姪(めい)弟子に当たる一門の後進にも温かいまなざしを注ぐ。「琉球舞踊をアメリカの未来につなげるために、若い人たちを応援して助けていかなければ」と気持ちは熱い。

 指導者として生徒に伝えたいのは、踊りの技術だけでなく「謙虚な姿勢」だと話す。「芸能を伝えるのが私たちの仕事。そのためには人間性、人徳、人柄を磨くことが大切だと認識している」。沖縄で何を思い出すかを最後に聞くと、「優しく温かい人たち」との答えが返ってきた。(ロサンゼルス通信員 福田恵子)