【南風原】特撮ヒーロー「ウルトラマン」シリーズの脚本を手掛けた町出身の脚本家、故金城哲夫さん(1938~76年)の生誕75周年祭最終日の15日、町立中央公民館では金城さんの旧知の仲間がトークショーを開き約400人が耳を傾けた。

生前の金城哲夫さんとの思い出を語る(右から)上原正三さん、森口豁さん、中野稔さん=南風原町立中央公民館

 金城さんが東京の玉川学園高等部に入学した54年、1年先輩だったジャーナリストの森口豁さんは「沖縄に関心がなかった自分を沖縄染めにした」と回顧。金城さんら高校の仲間17人で来県し、沖縄の高校生と交流して米軍施政権下の沖縄問題を考えたと紹介した。

 金城さんの紹介で円谷プロダクションに入社した県出身の脚本家、上原正三さんは2人の円谷プロ時代を振り返り「多くの仲間が金城を訪ねてきた。気配りができる人であの大きな瞳でじっと見つめられると皆吸い込まれてしまった」と人柄をたたえた。

 67年に大城立裕さんが「カクテル・パーティー」で沖縄初の芥川賞を受賞した際、「金城さんはわが事のように喜び興奮していた。小説も彼の視野に入ったのでは」と推察した。

 ウルトラマンシリーズの特殊映像を手がけた中野稔さんは、金城作品の魅力について「常に新しいテーマを作り出し、絶対にリピートはなかった」と強調。また「怪獣を殺すのではなく、そっと帰してやる。沖縄の優しい心だった」と評価した。

 シンポジウムでは生前の金城さんの肉声が紹介され、来場者が耳を澄ませ故人をしのんだ。