集団的自衛権をめぐる国会審議で、安倍晋三首相が、従来の政府見解を踏み外した答弁を繰り返している。自民党の中からも、国外のメディアからも、安倍首相の独走を危惧する声が噴き出し始めた。

 歴代内閣は、国会における政府答弁や閣議決定を伴う答弁書などを通して、「憲法9条のもとでは集団的自衛権の行使は認められない」との政府解釈を積み重ねてきた。

 どの内閣も、この政府見解を踏襲することによって、国の最高法規としての憲法の信頼性、規範性、安定性を維持し、平和主義を守ってきたのである。便宜的、意図的に憲法解釈を変更してはならない、と政府自身が主張していたことを忘れてはならない。

 ところが、安倍首相は5日の参院予算委員会で「改憲でなくても解釈変更で可能」だと、手続きも踏まずに一方的に、歴代政権の見解を否定した。12日の衆院予算委員会では「(憲法解釈の)最高責任者は私だ。政府答弁に私が責任をもって、そのうえで選挙で国民の審判を受ける」とも語った。

 時の政権が自分たちの都合のいいように解釈改憲を実施したら、憲法はもはや憲法ではなくなる。極めて危うい発想だ。

 20日の衆院予算委員会では、閣議決定で憲法解釈を変更する、との考えを明らかにした。公明党との調整を経ていないにもかかわらず、一方的に今後の手順を明らかにしたのである。これでは「国家の私物化」(山口二郎・北海道大学教授)と批判されても仕方がないだろう。

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 「なぜそんなに急ぐのか」「選挙に勝てば憲法解釈を自由に変えられるのか」。身内の自民党総務会からも首相答弁を懸念する声が相次いだ。

 改憲論者として知られる小林節慶応大学教授は「(行使容認は)普通の軍事大国になることを意味する」「それを解釈変更の名で実行するのは単純、明白に違憲だ」と断じる。

 憲法は国の最高法規と位置づけられている。最高法規とは、他のすべての法形式に優先する効力を持つ、という意味である。閣議決定によって憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使を認めることになれば、9条に基づく平和主義が、一政権の単なる閣議決定によって瓦解(がかい)することになる。「本末転倒もはなはだしい」(小林教授)というほかない。

 内閣法制局の阪田雅裕元長官は、在任中、憲法解釈を担当してきただけに、辛辣(しんらつ)だ。 「解釈改憲で集団的自衛権を行使できるのならば憲法9条の意味はない」

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 安倍首相の靖国参拝は、首相支持層から拍手喝采を浴びた半面、米国を「失望」させ、国内外から厳しい批判を受けた。今年に入って今度は、首相側近や首相が起用したNHK経営委員から歴史認識をめぐる問題発言が相次いだ。

 安倍政権に対する警戒感が世界的な規模で広がっているこの時期に、閣議決定による憲法解釈変更を強行すれば、「戦前回帰」を懸念する声が広がるのは避けられない。日本の重大な岐路である。