国別メダル表を見るたび、1968年の仏グルノーブル冬季五輪を記録した映画「白い恋人たち」(クロード・ルルーシュ監督)の一場面を思い出す

▼女子フィギュアスケートで優勝した米国のペギー・フレミング選手の演技に印象的なシャンソンが重なる。「彼女の国では選手たちをメダルとして数える♪彼女の演技を語るとき思わずドルを思い浮かべる♪でもペギー、そんなことをして今、ぼくは恥ずかしい」

▼競技者の美しさを称賛しつつ、商業主義、国家主義への反発をのぞかせる。五輪ビジネスが巨大化し、選手本位ではなくなる時代を予見するかのようだ

▼ソチ五輪で転倒した浅田真央選手に対し、森喜朗元首相が「大事なとき必ず転ぶ」と無神経な言葉を投げ掛けた。韓国ではキム・ヨナ選手の採点を不服とする世論が高まっているという。いずれも力を出しきった競技者たちの崇高さとはあまりに懸け離れていないか

▼「白い恋人たち」はナレーションやテロップが一切ない。フランシス・レイの音楽に乗せ、大会スケッチをつづる映像詩。勝者も敗者も一編の絵画のように映る

▼競技だけでなく市民手作りの準備風景も織り込まれる。商業化が進み、厳戒警備が当たり前の現在の五輪では望むべくもない牧歌的な光景。ささやかな「雪と氷の祭典」に懐かしさを覚える。(田嶋正雄)