【南風原】沖縄戦を避けるため、旧南風原村の学童を1944年の疎開で受け入れた宮崎県日向市の有志がこのほど、同市美々津町高松の菅原神社内に「南風原学童疎開記念の碑」を建立した。22日、南風原町の国吉真章副町長らが除幕式へ出席、碑建立に尽力した関係者に謝辞を述べ、恒久平和を祈念した。

南風原学童疎開記念の碑を囲む関係者=宮崎県日向市の菅原神社(南風原文化センター提供)

 戦時中、南風原村から270人が宮崎県や熊本県へ疎開。日向市では美々津国民学校で南風原の学童ら36人を受け入れた。慣れない疎開の地での生活に学童らは「やーさん(ひもじいよ)、ひーさん(さむいよ)、しからーさん(さみしいよ)」と当時の心情を表現している。

 碑は共に机を並べた当時の関係者のほか、日向市が支援して建立。設立実行委員会の橋口義弘会長(80)は「戦争中はわれわれも貧しく十分なおもてなしができず70年間、後悔の念があった。戦争の史実を風化させず、二度と悲劇を繰り返してはいけないという願いを込めた」と建立の意義を語った。

 学童疎開60周年の機に町は2004年、町の児童を日向市に派遣。日向市は毎年中学生を町に派遣して沖縄戦を学ぶなど両市町で平和を考える交流が続いている。

 国吉副町長は「南風原の学童を受け入れてくれた皆さんの思いが記念碑という形で残った」と感謝。学童疎開の碑は南風原文化センターの敷地内にも建立されている。

 町は今夏、町子ども平和学習交流事業で宮崎県など学童疎開地に町内の児童を派遣する予定。