「沖縄は景色がいいなあ」「よく夏休みが取れましたな」「ワイフも一緒です」-。

右下から時計回りに、菅義偉官房長官、極秘会談が行われた「ブセナ・テラス」、仲井真弘多知事、名護市辺野古沿岸域のコラージュ

 海に映えた夕日が沈むのを待っていたかのように、菅義偉官房長官と仲井真弘多知事との会食が始まろうとしていた。

 昨年8月23日、名護市のリゾートホテル「ブセナ・テラス」。南国をイメージした滝が流れる水辺にたたずむ高級和食レストラン。店内には2人の県経済界の重鎮が先に着いた。しばらく待った後に、菅氏、仲井真氏がほとんど同時に姿を現した。陶芸家、山田真萬氏の朱色の大皿が目を引く、落ち着いた個室の奥に菅氏が座り正面に仲井真氏、その両脇には親交の深い経済人が席を並べた。

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 菅氏は夏休みを理由にして沖縄を訪問。首相の女房役である官房長官が、4日間も首都圏を離れるのは異例のことだ。

 政府はその5カ月前、県に米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に向けた埋め立て承認を申請。しかし、「県外移設」の主張を変えない仲井真氏に、安倍政権は交渉の糸口をつかめずにいた。

 真っ赤に日焼けし青地のかりゆしウエアに身を包んだラフな格好の菅氏。仲井真氏もいつも通り、かりゆし姿だ。

 最初に4人はビールで乾杯したが、その後、菅氏と仲井真氏は口を付けようとしない。菅氏はアルコールが苦手で、酒好きで知られた仲井真氏も知事就任直後に脳梗塞を起こしてからは時々、少量のワインを味わう程度だ。

 「失礼ですが、長官も知事も飲めないし、われわれは泡盛を飲みましょうね」

 2人と旧知の経済人がユーモアたっぷりに断りを入れて場が一気に和んだ。泡盛とお茶が出され、地元産の豚肉など沖縄の食材をふんだんに取り入れた特注の「島会席」に、4人は舌鼓を打った。

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 菅氏からは研究体制の強化が進められている恩納村の大学院大学の話題が出された。仲井真氏らは観光客増加や那覇空港第2滑走路整備など沖縄振興やアベノミクスなど「大きな話」で盛り上がった。

 〈基地の話はいつ出るのか〉

 経済人は耳をそばだてた。

 だが、2時間近くの懇談で普天間の移設問題など基地問題は菅氏、仲井真氏の口からまったく出なかった。

 〈ちょっと不自然だな。だが、こちらから話を持ち出すこともあるまい〉

 店の外には会談内容を確認しようと、多くのメディア関係者が待ち構えていた。菅氏は記者団の取材に「相手が経済界の方々ですから、沖縄の経済的な話だ」と強調した。

 しかし、一方の仲井真氏はいつまで待っても現れない。仲井真氏は店内のカウンター裏から厨房(ちゅうぼう)につながる従業員専用通路を通り、報道陣の取材を避け、姿を消した。

 実はこの日、仲井真氏と菅氏は、経済人との会食前に秘密裏に二人きりで2時間にわたり意見交換していた。

信頼醸成 交渉の糸口
菅氏手応え「この人なら」

 昨年8月23日午後4時。名護市の「ブセナ・テラス」。それまで半ズボン姿のリラックスした表情で、夏休みのプライベートな時間を楽しんでいた菅義偉官房長官は、極秘に仲井真弘多知事と向き合っていた。

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 菅氏は沖縄の基地問題への取り組みに関して「これまで政府として、思いを寄せることが足りなかった」との認識を伝えた。

 それまで菅氏と仲井真氏の関係は官房長官と知事としてお互いを知っている程度。菅氏が、しっかり向き合うようになったのは、普天間の辺野古移設問題で埋め立て承認を求める立場になってからだ。

 この場で、仲井真氏は過重な基地負担が沖縄の発展を阻害している現状を訴え、米軍に特権を認めている日米地位協定を見直すよう要望した。菅氏は、政府の基地政策への不満にじっと耳を傾けた。

 〈ひたむきにやれば、この人なら理解してくれる〉

 仲井真氏からの要望を政権全体で真剣に受け止めれば、埋め立て承認は期待できる。菅氏はある種の手応えを感じていた。

 東京に戻った菅氏は外務、防衛両省にひそかに特命チームをつくり、地位協定見直しのための検討作業を進める。仲井真氏も集団就職からのたたき上げで苦労人で知られる菅氏の柔らかい物腰と落ち着きに好感を持った。

 〈腹が据わった人だ〉

 仲井真氏も安定した政権基盤を持つ安倍晋三首相の懐刀が、問題へ取り組む決意を読み取り期待を寄せるようになる。

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 地位協定の見直しなど知事の要望を受けた基地負担軽減の検討は外務省や防衛省でも極めて限られた人間にしか、伝えられていなかった。県も知事の全体の動きを把握している人間は皆無に近い。

 官房長官と知事によるトップ交渉-。

 防衛省幹部は、「そこしかチャンネルがない。だが、基本的にリーダーが物事を決めるのが政治主導だ」と話す。

 別の省庁幹部は「霞が関の風景が変わった」という。

 菅氏は政権を取り仕切り、「防衛大臣と外務大臣も兼ねている」と評されるほどだ。

 普天間の「県外移設」を訴えた鳩山内閣をはじめ政権内部で統一した動きが取れず、瓦解(がかい)した民主党政権を教訓に、安倍政権はスタート。衆参両院で多数を占め安定した政権基盤の下、首相-官房長官ラインから大臣、事務方へ上意下達の「体育会系内閣」と言われる。

 県首脳は「(安倍政権は)官房長官や総理が権力を一元的に運営している。大臣に頼んで、大臣が事務方に任せる構図ではない」と仲井真氏と菅氏が頻繁に問題意識を交換した背景を説明する。「今の権力構造の中で官房長官とのパイプは大事にしなければならない」。それが、県益につながるという考え方だ。

 年末の埋め立て申請承認へ向けて、政府と知事の水面下での交渉が静かに始まっていた。

 仲井真弘多知事が昨年12月末、辺野古埋め立て申請を承認した。不透明さが指摘される承認へ至るプロセス、仲井真氏の政治・行政スタイルと思考の背景、「基地負担軽減」への日米両政府の水面下の交渉などを追った。(「普天間」取材班・知念清張)=この連載は土~火曜日に掲載します。

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