大切な人を失った悲しみは、時がたっても癒えることがない。「自分だけが生き残った」という引き裂かれるような思い、わが子を失った無念。妻や夫の死を受け入れられず、もだえ苦しむ日々…。

 被災者は3年たった今も、失われたかけがえのない命と向き合っている。

 昔、何度も津波被害に遭ってきた三陸地方には「津波てんでんこ」という言い伝えがある。津波が発生したら、一人でも、てんでばらばらに高台に走って逃げろ、という意味である。だが、実際には、言い伝えに逆らって行動した人が少なくない。

 ある病院の看護師は「患者さんを置いて逃げられない」と言って病院にとどまり、津波にのまれた。おばあちゃんが自宅に残っているからと、自宅に引き返し津波にさらわれたお母さんもいる。

 東日本大震災の被災地で、いつのころからか「幽霊話」が語られるようになったという。昨年8月に放映されたNHKスペシャルは、この現象を「亡き人との“再会”」と報じた。

 枕元に、濁流で流されたおばあちゃんの姿が現れる。亡くなった3歳の息子が、そばで遊んでいるような気配がする…。一歩前に踏み出せないでいる時に「亡き人との“再会”」を果たし、生きる力を与えられたというのである。

 一時期、避難所に「心のケアお断り」のビラが貼られていたという。マニュアル的対応ではない、被災者の心のひだに届くような支援。それが今、強く求められているのだろう。

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 東日本大震災から3年。時がたつにつれて、暮らしの再建という面でも、地域差や個人差が目立つようになった。

 「自力で立ち上がれる人と、そうでない人の格差がはっきりしてきた」と、岩手日報社の村井康典論説委員長は指摘する(6日付本紙)。

 災害公営住宅の建設が進んでいない。人手不足に資材不足、労賃の高騰に地価高騰。入札が不調に終わるケースが増えた。

 津波の被災地で展開されている集団移転促進事業にも、地域によって大きな差が出てきた。1世帯当たり100坪までという「制度の壁」。住民の意見を集約することができない「合意形成の壁」。復興事業の前に、さまざまな壁が立ちはだかる。

 仮設住宅で暮らす被災者は岩手、宮城、福島の3県でおよそ10万人。多くの被災者が「6畳一間に台所」の窮屈な仮設住宅暮らしを余儀なくされている。

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 仮設住宅での閉じこもりがちの生活が長く続けば運動不足で体が衰え、ストレスがたまる。生きる張りを失ってアルコール依存症になったり、認知症を患うケースが増えている。

 被災3県42市町村の公立小中高校のうち、仮設校舎や他校に間借りして授業をしている学校は86校に上る。子どもたちの教育環境を整えることも急務である。

 国はオリンピック開催に浮かれる前にこの現実を直視し、復興に優先して取り組むべきである。