3月、転勤先の東京で新しい生活が始まった。寒い、寒い、と独りごちながら、慣れない大都会をおろおろ歩く毎日だが、気付けば3月も中旬に入った。晴れの日の陽光に、春の兆しを感じるようになった

▼20年近く前の学生時代も東京で過ごした。学生と社会人とでは、行く場所も見えるものも、手持ちも違うから、当時と異なる生活感が新鮮だ

▼もう一つ、「3・11」を経た後の沖縄とこちらで受ける感覚の違いがある。この日が近づくにつれ、戦慄(せんりつ)の記録が映像とともに大量に報道され、次の大地震の予測を専門家が語り警鐘を鳴らす

▼万一起こったら、と思わず見入り、部屋の中で、ああしてこうしてとその時に備え考えを巡らせた。沖縄も地震は少なくないが、これまで希薄だった切迫感が強くなっているようだ

▼せんだってある集会で、大地震と原発事故に見舞われた福島の現状を聞いた。復興の掛け声の前に、放射能の危険を口にできない風潮が強まり、住民同士が対立する。原発近くからの避難者や東京電力関係者への差別も露骨だという

▼はっとさせられた。当事者にとって凄惨(せいさん)な記憶は薄まらず、今も続く苦悩は震災を過去の出来事にすることを許さない。被災地にも暖かな春は訪れ、時は流れていくだろう。「忘れない」。再度、言葉を確認した。(宮城栄作)