【名護】北部農林高校(名護市宇茂佐)の前身で、現在の北部病院近くにあった国頭農学校(同市大中)の校舎と農場が写った写真の存在がこのほど、確認された。写真は、俳人の河東(かわひがし)碧梧桐(へきごとう)(1873~1937年)が全国行脚で沖縄に訪れた際に、東京の妻へ送った絵はがきの裏面で、1910年以前に撮影されたとみられる。同高校の大城正也校長は「学校の移転や沖縄戦で資料はほとんど残っていない。大変貴重な資料だ」と喜んでいる。

国頭農学校前にあった坂道を写真と比べる大城正也校長=2月19日、名護市大中

 碧梧桐は、正岡子規に師事し、俳句革新運動を助けた俳人。06年から全国を巡り、沖縄には10年に来たとされる。

 絵はがきは那覇市内の「久米角坂元商店発行」とあり、消印は10年5月18日。写真には水田やサトウキビ畑、ため池が広がり、高台には国頭農学校が写る。下部には「KUNCHAN AGRICULTURAL SCHOOL(国頭農学校)」と説明がある。碧梧桐は「全島中、唯一の学校で、可観、位置も亦たよし」と感想を記している。

 写真はことし1月から今月9日まで、兵庫県伊丹市の柿衞文庫で開催された碧梧桐の特別展で展示され、同展のパンフレットにも掲載された。2月上旬に、国頭農学校の場所を探して北部農林高校を訪れた観光客がパンフレットを持っており、存在が分かった。

 北部農林高校が保管する同農学校の写真は校舎玄関が写る1枚だけという。

 大城校長は「写真から当時の農場の様子や、レベルの高さが感じられる。学校名も“くんじゃん”と読む方が正式かどうかもわからないほど資料がない」と強調。名護市市史編さん係の比嘉ひとみ係長も「明治時代の風景写真はかなり珍しい」と評価した。